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菊池さんは家に残るらしいので、菊池が先導して散歩がてらの観光をすることになった。パッと見渡してみても、よくアニメや映画に出てくるのどかな田舎の集落、というイメージしか持たなかった。周りが山で囲われた盆地の地域で、右には山が見え、左には田んぼが広がる山のふもとに沿った道を回るように歩き始めた。
涼しい気温を心地よく感じながら歩いていると、トラクターが向かい側から走ってきた。そのトラクターの主は菊池の姿を認めると、何度かよく観察して十分に近づいた後、おおっ!というような声を上げてトラクターから降りてきた。その男は、髪が白と黒が混ざりあってちょうど灰色になっているのを短く刈り上げていて、不思議と、年老いているようにも、まだそこまでの歳ではないようにもみえた。
「もしかして、タカちゃんか?」
東北に独特のイントネーションで菊池に話しかけた。タカちゃんというのは菊池の名前のもじりだろう。
「そうだよ。コウさん、久しぶりだね。」
あくまで標準語を保っているが、そこには少し訛りを感じられる。
「そこの2人は?」
菊池に向けていた柔らかな視線がこちらへと移り、若干の翳り、訝しみを見せた。
「僕たちは東京から来ました、菊池の友達の広谷貞利と、こっちは瀬戸瑞稀です。少しの間滞在させてもらいます。」
どうやら標準語でも話は通じるようで、コウさんは菊池に確認してから、菊池へと向ける柔らかな視線に幾分か近づいた視線に直った。
「そうかそうか、大変だったろ。ようこそ黜桐へ!俺は檜山浩一ってんだ、コウさんって呼んでいいぞ!」
先程の訛り具合よりもだいぶ標準語に近づいた話し方をした。この村の人間は、意外と都市部との交流があるのだろうか?標準語とほぼ変わらない話し方をする。
「2人とも、オヒオミ祭を見に来たんだよ。」
「ああ、なるほどな。」
菊池が訪問理由の一つを話すと、コウさんは納得したように首を縦に振って、黄色く汚れた歯をみせニヤリと笑った。
「まあ、楽しんでいってな。」
そういってコウさんはまたトラクターに乗り、走り去っていった。最後の、祭りの話をした時には違和感を感じたが、単にコウさんの性格である、と割り切って気にしないことにした。広谷もなにか思ったらしいが、菊池が親しいであろう人間のことを、菊池本人の前でとやかく言うのは躊躇われたらしかった。
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