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驚き過ぎて息が止まった。
聞き間違いじゃなかったら、今、鬼島君は私の声を
"可愛い"って言ったよね。
それは衝撃的な一言だった。
だって、そんなこと言われたことがなかったから。
恐いからじゃなくて、今度はビックリして固まって
いた私に、鬼島君は再び向き合う。
「あんた、名前は?」
「えっ…日下部亜衣です…」
最初にお礼を言った時とは比べ物にならないくらい
小さな小さな声が出た。
それでも、鬼島君はちゃんと私の声を聞き取って
くれたらしい。
「…日下部か。」
まるで噛み締めるように復唱したと思ったら、突然
ふっと口元を緩めた。
「まぁ知ってるとは思うが、俺は鬼島康平。
席が隣同士これからよろしく頼む。」
───そう言った鬼島君は笑っている。
いろいろと良くない噂しかないし、その上さっき
からずっと恐い表情をしてたはずなのに。
突き刺すように鋭かった瞳はやんわりと細め
られていて、その顔が思いの外とても優しく
見えたからつい、見とれてしまった。
でも次の瞬間には、何事もなかったようにくるりと
背を向ける。
「じゃあな。」
赤みがかった茶髪を揺らしながら、大きな背中は
教室を出ていく。
その姿を私は不思議な気持ちで見送った。
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