押す×退く

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それから程なくして、古典の先生が教室に入って 来る。 ざっとクラス全体を見渡した先生は、鬼島君で 視線を止めてひどく驚いていた。 それは当然の反応だと思うけど、あまりの焦りように何だか可笑しくなる。 鬼島君はと言うと、相変わらず興味なさそうに チラリと先生を見やってから、また机に 頬杖をついた。 「今日は昨日の源氏物語の続きを………」 教科書片手に黒板に向かう先生を目で追いつつ 体の全神経は完全に隣に向いてしまう。 …だって、あまりに距離が近いから。 そもそもどうして鬼島君が学校に来たのか分から ないし、まさかこうして一緒に教科書を見ることに なるなんて思わなかった。 そっと気づかれないように横目で隣を伺えば 意外にちゃんとペンを持って教科書に向き合ってる。 頬杖はついたままだけど。 私よりもずっと大きな手は指も長い。 でも節ばっててやっぱり男の子なんだなって思う。 赤みがかった茶髪は、染められているのに痛んで いるように見えなくてサラサラしてる。 その前髪から覗く切れ長の瞳は鋭い。 でも…こうやってよく観察すると、とても 綺麗な顔をしているんだなって思った。 ふいに鬼島君の手が動く。 それによって我に返った私は内心慌ててしまう。 鬼島君のペンが、何故か二人で見ている教科書の端 へと向かった。 不思議な気持ちでそれを見ていると突然、その シャープペンで何かを書き出した。 『なんであんまり声出さねぇの?』
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