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「俺も初めてだったよ。 誰かを助けて礼を言われたのは。」 「えっ?」 驚いて鬼島君を見てみると、座ったまま後ろに 手をついて空を仰ぐ。 赤みがかった茶髪が、緩やかな風に揺れていた。 「俺は弱い者イジメは嫌いだから、そういう場に 遭遇するとぜってぇ止めに入るけど、大体 みんな怖がって逃げるからな。」 「………。」 「まあ、別に礼を言われたくてやってるわけじゃ ねぇけど。」 その言葉を聞いて、昨日のやりとりを思い出す。 改めて、あの時は気まぐれとか偶然なんかじゃなくて私のことを助けてくれたんだって分かった。 そして鬼島君は、怖がる私に対して距離をとった。 滅多に学校には来ないから安心しろって。 いろんな怖い噂が流れてるし、初対面の時は やっぱり噂通りの人なんだと思ってしまったけど それは違うらしい。 だって今、私の目の前に居る鬼島君は全然怖い人 なんかじゃないんだもん。 「…鬼島君って本当は、噂とは違うんだね。」 何の考えもなしに口から飛び出していたその言葉を 聞いて、鬼島君はこちらに顔を向ける。 しまったと思っても遅い。 もう言ってしまった後だから。 何だか失礼な気がして焦っていると、鬼島君が 口を開く。 「違わねぇんじゃね? 売られたケンカは買うし、負けたことないからな。」 「でも、怖い人じゃないと思う…」 気づけば素直に自分の気持ちを口にしてた。
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