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「…っ」
いつかの教室でのことがよみがえる。
あの時、鬼島君は"こういう時は大きな声を上げろ"
って教えてくれた。
それは、止めてくださいとか助けて下さいって
大きな声で言えって意味なんだと思うけど、私の
口から咄嗟に出たのは違う言葉。
「鬼島君っ…!」
考えるよりも先にそう、呼んでた。
今ここには鬼島君は居ないんだから、呼んだって
仕方ないのに。
でも、次の瞬間───
掴まれていたはずの腕は自由になっていた。
えっ?と思った時には、大きな背中が私の前に
あって、顔を上げると見慣れた赤みがかった茶髪が
見える。
「こいつに触るんじゃねぇ。」
聞こえてきたのは静かな、でも怒っているのを
隠そうともしないそんな声。
私からは顔は見えないけど、たぶんその声と同じ
くらいよっぽど怖い顔をしてるんだと思う。
だって、男の人は可哀想なくらい青ざめて逃げる
ように走り去って行ったから。
信じられない気持ちで呆然とその姿を見送って
いると、大きな背中がくるりとこちらを向いた。
「遅くなって悪い。」
「…鬼島君?」
振り向いた鬼島君の顔を見て息を飲んだ。
だって、左頬に痛々しい痣があったから。
それは明らかに真新しいもので、微かに腫れて
いるように見える。
「どうしたのっ?そのほっぺ…」
「ああ、大したことねぇよ。」
「大したことあるよ!」
私がそう言い切ると、鬼島君は少し驚いた顔を
していたけど今は気にしていられなかった。
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