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ユキは怒っていた。
となりに座る青年がドンペリのシャンパンタワーを毎晩のように注文する、上客であったとしてもである。伸びてくる彼の腕を払いのけ、ユキは恐ろしいまなざしを彼に向けた。
ユキはキャバクラ嬢である。普段は穏やかな物腰で、客の戯言に優しく耳を傾けている女性であった。
そんなユキが、今は阿修羅にも似た形相をしている。
「なにをそんなに怒っているんだい? ユキちゃん」
青年は気にもとめぬといった感じで笑顔を浮かべたまま、ドンペリを口にする。ドンペリは他のキャバクラ嬢のみならず、見ず知らずの他の客たちに振る舞われた。
あまりの青年の懐の大きさに怒る者などだれもいない。しかしながら、ユキだけは怒っていた。
「先ほどなんておっしゃいましたか?」
「さっき? う~ん、覚えていないなー。あ、ユキちゃんが美人でカワイイ」
「そうですね。で、そのあと、なんて言いましたか?」
ユキの詰問に、さすがの青年も少しムッと表情を歪ませる。
「きみは楽しい酒の席に茶々を入れるのが好きなようだね」
「わたしもこのようなことはしたくありません。けど、先ほどの発言は、あまりにもわたしの心を傷つけました。だから怒っているんです」
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