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ついにチャイムが鳴った。俊哉は結局、四十分近く廊下に佇んでいた。途中教室に戻った方がいいのではと考えたが、その時のことを想像すると勇気がしぼんでいった。
教室から授業終わりの号令が聞こえてくると、谷先生が中から出てきた。
「川西くんごめんね。さっきはついカッとなってしまった」
谷先生はまず謝罪をした。だがそんなことより、川西と聞いてまだ終わってないのだという気持ちの方が大きかった。授業が終わるとリハーサルも終了するのだと俊哉は勝手に思い込んでいたからだ。
「あ、いえ全然」
川西が同じような受け答えするかは分からないが、俊哉としてはこう言うしかない。
「でも僕の気持ちは伝わってくれたよね」
「は、はい」
「そうか良かった。じゃあ約束してくれるかい? もう授業中は静かにするって。みんなにも迷惑はかけない」
谷先生は優しく言うが、さっきのガチギレを見た後だと、むしろ怖いなと俊哉は感じた。
「はい。約束します」
そう言った時、谷先生の背後に近づく人物に俊哉は目を奪われた。
川西本人だった。制服を着崩し、髪はワックスで固められている。川西の後ろには悪友たちが声を殺すようにして笑っている。何を企んでいるのかと思った瞬間、谷先生の後ろに立った川西がそのまま膝カックンをした。
「はい決まった。うわだっさ。見たお前ら、谷こうなってたよな」
川西は谷先生の真似をし、一緒にいる連中から爆笑を取った。
唐突なことに動揺を顔に浮かべた先生が振り向く。
「なんだびっくりした。江本くんか」
俊哉は耳を疑った。江本は俊哉の苗字だ。
「は、江本? 誰っすかそれ。俺川西なんですけど」
俊哉とは真逆に、川西は可笑しそうに笑った。
「何を言ってるの江本くん。川西くんはここにいる彼じゃないか」
そう言って谷先生は俊哉を手で差した。
「誰お前。お前も川西って苗字なの?」
「いや、えっと……」
どちらの名を口にすべきか咄嗟に判断できなかった。
「江本くん。あまり川西くんを怖がらせないでやってよ」
川西の顔つきが変わった。川西は勢いよく谷先生の胸ぐらを掴んだ。
「だから江本って誰? 意味わかんないこと言ってるとマジでぶっ殺すよ先生」
「ちょっと落ち着いて江本くん。どうしたの、君がそんなことするなんておかしいよ」
もはや狂気的だと思った。
谷先生はリハーサル上、俊哉を川西と見立てている。なので川西本人が出てくることは矛盾が生じることになり、代わりに川西を俊哉と置き換えることでそれを無くしたのだ。リハーサルにここまで徹底する理由が彼の演劇魂によるものなら、凄まじいと俊哉は思った。
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