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「よし、こんなもんか」
ひどい目にあった。生まれて初めて何十回も殴られた。体中のあちこちで悲鳴をあげている。体育館裏でヤンキーにボコられるんて漫画の世界だけだと俊哉は思っていた。
「すまないな川西。本当はお前を殴る道理なんてないんだ」
俊哉はパンパンに腫れた顔を上げた。どういうことですか、と言おうとしたが声にならなかった。
「これは練習なんだよ。いわばリハーサルだ」
リハーサルという言葉が脳内で反芻された。自然と谷先生の顔が浮かんできて、頭の中で俊哉は先生を殴った。こうなったのも全部先生のせいだ。
「本当にムカついている人間が他にいるってことだ。そいつをどう痛めつけるかの予行演習としてお前を選んだんだ。まあ俺の許可なしに暴れ回ってるのは本当だし、ちょうどいいなと思ってな」
――めちゃくちゃだこいつ。どう痛めつけるかの予行演習? そこまでして痛めつけたい人間がいるってのか。
「まあお前のおかげで、どうボコるかのビジョンは見えた。これであいつを半殺しにできる。覚えとけよ、江本」
怒りが目に見えるようだった。――ここまで東堂を怒らせるなんて、そいつなにしたんだ……ん、江本?
「そういえばあいつ、お前と一緒にいたあのひよっこが江本だって自分で言ってたよな。よし今からあいつぶっ殺しに行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください。え、江本……あいつなにやったんですか」
仲間を連れて行こうとする東堂に聞いた。
「ああ、ストラップを落としたんだけどよ、それを江本ってやつが拾って自分のもんにしたって人づてに聞いてな」
俊哉は自分のポケットの中の感触を確かめた。
――このストラップ、東堂のだったのかよ。趣味どうんってんだ、てか何でその情報が東堂にまで届いてんだ。
いや、と俊哉は首を振った。
今東堂は川西を俊哉だと思っている。このまま黙っていれば半殺しにされるのは川西だ。つまり、結果こうなってよかったのだ。さっきまでは谷先生を恨んでいたが、先生のガチギレリハーサル、もっと言えばあそこで演劇魂を捨てられていれば俊哉はもっとひどい目に合っていた。
――ありがとうございます、先生。
「江本くーん!」
俊哉を呼ぶ声がした。見てみると、谷先生がこちらに向かって走って来ていた。
「江本?」
東堂が俊哉を見下ろした。
「ひどい、こんなボロボロになって……君たち、さすがにやりすぎだ」
「それより先生、今こいつのこと江本って言いました? さっきは川西って」
「さっきはその……間違えたんだよ。この子は江本くん。ああクソ、僕が意地になってリハーサルをやめなかったからこんなことに……ほんとにすまない江本くん」
谷先生は深く頭を下げた。
「なんか知らねーけど、お前が江本なんだな?」
東堂が拳を強く握るのが分かった。
「谷先生、そこは演劇魂捨てないでくださいよ」
半泣きで俊哉は言った。
「覚悟しろよ」
拳の雨が降ってきた。
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