2 男の激おこと優しみ

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2 男の激おこと優しみ

 18時、華は会議室の並ぶ廊下に誰もいないことを確認し、その扉の前に立つ。人事部フロアの隅の会議室が、目指す部屋だった。「性的少数者のための相談室」と大きくゴシック体で書かれた紙の下に、「本日の室員」と別の紙が貼られて、桂山暁斗(あきと)大平(おおひら)早希(さき)の名が雑に貼りつけてある。アポ無しだと声をかけにくいこと極まりなかったが、桂山への妄執が止まらない華には、最早些細なことだ。ひとつ深呼吸をし、どきどきする胸を押さえつつ、思いきり扉をノックした。  はい、と明るい女性の声がした。大平さんってあの大平さんかな、とやっと思いが至る。華の予測に(たが)わず、総務課長の大平早希が顔を覗かせた。 「こんにちは、どうぞ」  大平に招き入れられると、室内はコーヒーの香りに包まれていた。右手の窓際に、ポットから湯を注ぐ桂山がいて、華にこんにちは、と挨拶してきた。心臓が跳ねる。ああ、やっと会い(まみ)えた、桂山課長。彼のにこやかな目を見て、華は笑えるくらい幸福感を覚えた。マスクをしていて良かった、真っ赤でとてもだらしない顔になったに違いないから。 「ちょうど良かった、コーヒーでいいですか?」  明るく問われて、はい、と元気に答えた。 「座ってください、経理課の松山さんでしたね? だいぶ慣れましたか?」  大平は半年前に入社手続きをした華のことを、よく覚えていてくれた。華はやや気後れしながら、勧められた椅子に座る。桂山がすかさずコーヒーカップをテーブルに置いた。 「よくやってくれてるって部長がいつもベタ褒めですよ、そろそろ疲れが出てきたかしら?」 「あ、はい、まあ……」  にこにこしながら自分に話す大平を見ていると、桂山と話したくてこの部屋に来たとは匂わせにくかった。華は自分の行動に準備が足りなかったことに気づき、さらなる赤面を禁じ得ない。どうしよう。
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