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華が入口を振り返ると、経理課に新たな訪問者がやって来た。南野は彼女に手を振る。華はパン屋の袋を手にしたその若い社員に見覚えがあった。彼女は営業課、つまり桂山の直属の部下だ。
「こんにちは、営業課の竹内です……クールな松山さんが桂山課長のファンだなんて意外です、南野さんのLINE、絶対冗談だと思いました」
竹内はマスクを外し、にこにこと感じの良い笑顔を見せながら話した。華は外堀をどんどん埋められて、食事どころではないのに、訪問者たちは美味しそうだとか何だとかいいながら、女子のランチタイム感を充満させている。
「あの……竹内さんは誰のお庭番なんですか?」
華は竹内に時代劇めいた言葉の意味を確認する。このふざけた繋がりの首謀者は、一体誰なのだ。
「え? 皆さんのお庭番です、今日からは松山さんのためにも励みますよ……桂山課長の何が知りたいですか? 昨日食べた物? 次の休日の予定? 最近読んだ本?」
そ、そんなことまでこの子は直撃するのか! 何て羨ましい! 華はあ然とした。
「あ、グループLINEにまず招待するわ」
「い、いいです、そんなんじゃないんです、ほんとに」
「素直じゃないなぁ、好きなくせに」
傍で誰かが聞いていたら誤解をされそうなやり取りを南野と交わしながら、ちょっと楽しいと華は思い始めていた。
「松山さん、桂山課長の何に摑まれたの?」
スマートフォンをいじりながら、南野は訊いてきた。華もスマートフォンのロックを外したが、あくまでも頑なな態度を崩さない。
「別に摑まれてません」
「課長呼んで来ましょうか? 今社食にいますよ」
竹内の笑い含みの言葉に、華は椅子の上で飛び上がりそうになった。やめろ馬鹿、休み時間の邪魔なんかしたら怒られる。……ちょっと待って、怒るかな。おこな顔が見たい。で、たぶん笑って許してくれるだろう。笑った顔も見ることができたら、お得感高い。
「……何なの、これ……」
LINEのグループ名に呆れた。「あきちゃんを愛でる女の会」。デキる女の参加するグループじゃない。メンバーは18名、桂山は知っているのだろうか、この女どもが自分をおかずにやりたい放題していることを。
「課長に迷惑かけたくないし彼氏と超ラブラブだから、多くを望まず謙虚にやってるの」
南野はあっさりと言う。弄るけれど、迫らない。華がこれまで他の男にやらかしてきたようなことは規約違反か……迷惑だ、確かに。
「あ、噂をすれば課長です、松山さん引き寄せ力すっごーい」
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