・おわり。

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 脳裏で、あの日の光景がよみがえる。  つまり彼は――自分の種を送った彼女を怒らせるために――自分の子を早く(かえ)すために、わたしを利用したのだ。  自分の事だけを考えて。わたしを――何より彼女を。こんな酷い状況に(おとしい)れたのだ。 「……っ……」  悲しさ。悔しさ。そして、怒り。  それらの感情が血液に溶け、全身をぐるぐる回った。 「許せない……」  小さく言う。すると彼は、「かわいい。もっと怒りなよ」と口角を上げた。  身体中に、熱がはしる。ぎりぎりと唇を噛み、わたしはゆっくりと立ち上がる。  全身が、震えていた。 「……彼女は、あなたの事が好きだった。本当に、好きだったんだよ。そんな彼女がこんな姿になって、あなたはどうして平気でいられるの?」 「そんな事ないよ。すごく感謝してる。こんなにもたくさん、俺の子を産んでくれたんだから」 「じゃあ、どうしてあなたは今そんなふうに笑っていられるの? どうして悲しい顔をしないの?」 「自分の価値観を押しつけないで欲しいな。俺は彼女の事を愛していたし、愛し合ったし、今も愛してる。ただ、子が産まれる時には雌は死ぬ。俺からしたらそれは当たり前の事で、悲しい事じゃない。むしろ喜ばしい事だ」 「……っ……」  話にならない。握りこぶしをつくって、彼の事をきっと睨む。  すると彼は――わたしに近づいて、頭をくしゃくしゃと撫でてくる。まるで、さっきそれら(、、、)にしていたみたいに。  全身が、一気に(あわ)立った。 「おまえは、本当にかわいいね」 「……っ、ふざけないで」 「ふざけてないよ。本心から言ってるんだ。言ってなかったけど、俺はおまえの事、彼女と同じくらい好きだよ。ずっと好きだった。彼女を怒らせるためだったとはいえ、でなきゃキスなんてしない」 「ふざけないでって言ってるでしょ……!?」 「あの時のおまえ、きょとんとしていて、すごくかわいかったな。おまえだって、俺にキスされて、なんならまんざらでもなかったんじゃないの?」 「良い加減にしてっ!!!」  彼の事を、どんと突き飛ばす。わたしは、彼の事が憎くて、悔しくて、腹が立って、たまらなくなった。  でも、わたしのいらいらは、彼には伝わらない。  それどころか、彼は先程よりも一層笑顔になった。  そうして、また、言う。 「もっと怒ってよ」と。  その時、ふと思った。彼はこうしてわたしを怒らせて、わたしをそれら(、、、)のエサにするつもりなのではないか、と。  でも、それでもわたしの彼に対する怒りはおさまらない。おさまるはずがなかった。  わたしは彼に近づいて、その顔を思いきり(はた)く。  震える手で、泣きながら、何度も何度も彼の頬を叩いた。  ぷしゅ、という音が――わたしの耳に届くまで。 「……、え……」  続いて、ぶしゅ、という、大きな音。その音と共に、彼の顔は(くれない)に染まった。 ――何が、起きたの?  わたしが何も分からないでいると、彼はわたしの額に口づけてから、その両手でわたしの事をやさしく包み込んだ。 「……良かった。今度は立ち会えた」 ――と。そんな事を言って。 「……。何、言ってるの……?」  わけが分からない。 「おまえこそ、何言ってるんだよ。もっと喜んでくれよ。俺とおまえの子だよ」  わけが分からない。 「……な……に……?」  わけが、分からない。  想像を絶する痛みの中で、わたしは彼の腕の隙間から、自分のお腹を見る。  ああ……という、声にならない声が、わたしの喉から漏れた。 「――ほら。(キス)の時おまえに送った、俺の子だよ。 ……でも、安心して。ちゃんと俺が、責任持って育てるから」  目を閉じる。  彼が最後に、つけ加えるように言った「愛してるよ」の言葉は。わたしの耳から、ずっと離れなかった。
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