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コタツぬくぬく、コタツぬくぬく。
東京都某区、10階建てマンションの七階の一室にて、中学2年生の星崎サユリはだらけながら現実逃避を繰り返していた。こたつの中でスナック菓子を貪りながらテレビを見ている。時刻は午後5時半。年が明けるまであと7時間を切っている。こたつの反対側には大学生の姉のシオリが同じく寝そべり、こちらはせんべえを片手に少年漫画を読んでいた。
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今日は大晦日だ。なのになぜ私はあの誘いを断れなかったのか。それは私の周りに流されやすい性質、あと周りの反応を過度に気にしすぎるという性質によるものなのだろう。あーめんどくさい。でも今から断るともっとめんどくさい事になる。そんな考えが堂々巡りし、ふと時刻を見ると、時計の針は6時を回っていた。大きなため息をつき、床に頭をガンガンと叩きつけ意識を覚まし、おもむろにコタツを出る。
「だるいけど行ってくるね、お姉ちゃん」
「だーかーら、だるいなら行かなきゃいいのに」
姉のシオリは少年漫画から目を離さずに、呆れた声で言う。
「嫌なことを嫌なことだとわかっていながら、進んでその嫌なことをするなんて、人間のするべきことじゃないよ。人間失格だよ。太宰治になりたいの?」
訳のわからないことを達観したように言う姉。大してむかつきもしないが。あと、こたつで怠けているだけのダメ人間の我々が太宰治を人間失格と詰る権利はないはずである。それはさておき。
「しょうがないの。女子中学生の日常はそんなもんだって。」
顔をあげ、納得しない表情でこちらを睨んでくる姉。首から下はこたつでだらけているので威厳なんてちっともない。
「大晦日にお姉ちゃんを一人にするなんて姉不幸な妹だ。」
そう、今年の大晦日の我が家には、姉と私しかいない。なぜか私たちの両親はイタリアに旅行中である。いい歳して何をしているのかと呆れる、適当に日本の温泉巡りでもしていればいいのに。それゆえ今年は初めての姉と二人きりでの大晦日である。私は少しワクワクしていて、姉は明らかに楽しみにしていた。なので少し罪悪感がある。
「なるべく早く帰ってくるから。上手く抜けれるタイミング見つけ次第ね。」
背をむけ玄関に向かおうとした時、姉はふと思い出したかのように、
「あんた狐のお面好きだったよね。ちっちゃい頃。」
と言った。またずいぶん昔の話をするなあ、と思う。まだ東京に引っ越す前、田舎に住んでいたときの夏、私はお父さんに無茶を言い狐のお面を買ってもらったのだった。よく覚えていないが、とてもそれを気に入っていたことだけはぼんやりと覚えている。そうだっけ?と適当にとぼけ、私は洗面所で前髪を軽く整えてようやく玄関に向かう。
1年でもっともだらけが肯定される日、大晦日。なのに私は行きたくもない祭りに行くためひんやりとしたドアノブを回した。「気をつけてねー」と言う姉の呑気な声が背中にかかった。コタツに居続けられる姉を心底羨む。
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とは言ったものの、これが正式に「祭り」と呼ばれるものなのか私にはわからなかった。大晦日のお参りのために人が集まり、屋台が出ている状況は祭りの定義に当てはまるのだろうか。そもそも祭りってなんのためにするものだっけ?まあ、そんなことはどうでもいい。
あたりは既に暗くなっていた。真冬の寒さにうんざりしながら、やっぱり誘いを断りきれなかったことを後悔する。家から10分ほど歩き住宅街エリアを出て、更に10分ほど歩くと集合場所の神社前についた。
十龍神社。都内の真ん中にあることを考えればなかなか広い神社だ。鳥居のある正面入り口に加えて、各方位にも出入り口がある。正面入り口、階段の前に自分の友人ら数人が見えた。そこそこ仲のいいリカ、リカと仲のいいボブの子、リーダー格の軟派男子に、その脇にいっつもくっついている男子。やっぱりこのメンバーでの祭りはなかなかめんどくさいな、と内心うんざりする。各々雑談をしたり携帯をいじっていた。気は進まないが彼ら彼女らの方に向かう。
一番仲の良いリカが真っ先に気づいてくれ、
「おお、サユリー、こっちだよー!」
とはしゃぐ。見ればわかるのに。それに釣られ残りの男子2人、女子2人が私の方に目を向ける。それぞれに軽い挨拶をされた。男子が一人足りないと気づく。ユウヤが来ていなかった。
「あれ、今日ってユウヤ君もくるんじゃなかったっけ?」
と素朴に疑問をぶつける。
「あいつさっき個人的に連絡きてさ、ちょっとだるくなってきたから行けないだってよ。」
と軟派男が若干苛立った声で答える。は?なんなんだそれは。私だって大してきたくもないのに来ているのだから、直前でサボるなよと内心ムッとする。しかし、最終的に行かないという選択ができる彼が羨ましくもあった。まあ、彼はそうゆうわがままが許される人間だからな、と自分を納得させた。彼は、自分とは違った感じでで周りに神格化されている。
リーダー格の軟派な男が明るく、
「さて、お星様も来てくれたことだし、お祭りを楽しみますかあ!」
と言った。それを合図に、私たちは神社の敷地へと足を踏み入れた。子供からご老人まで、幅広い年代の人々が訪れている。屋台もいろいろなものがあり賑わっていた。軟派男を先頭に屋台の奥へと入っていく。途中、黄色い背景に赤い文字で「焼きプリン!」と書かれている店が目に入った。屋台でプリンは珍しいなと思いながらも、私はプリンが好きだったので後で来れたらいいな、と密かに思う。ちなみに、軟派男が言った「お星様」。これは私が一部の人から呼ばれているあだ名だ。私は比較的おとなしいのだが、この大人しさを一部の生徒が「おしとやか」と解釈したらしく、苗字にちなんでつけられたのだ。私はそこまで気にしてはいない。現に、内向的な私がこんな大きなグループに入れているのはその神格化されたイメージのおかげだ。
私の後の凶行の原因になった出来事は、一通り屋台を見終わり全員でだべりながら歩いている最中に起こった。軟派男子とその取り巻きの男子が、リコともう一人の女子と話している。私は適当に相槌を入れるだけで、あまり会話に参加していなかった。コタツと姉が恋しい。四人は学校の話をしていて、いつの間にか話題は特定の人物への悪口になっていた。
「人より優位に立ちたい、っているオーラが出てるんだよ、わかる?」
「やば、それすごい共感。あの子、自己承認欲が強いんだよきっと。」
会話の端々から、彼らがある女子生徒の話をしていることがわかった。出席番号が後ろの方の、三つ編みの子だ。今は私の二個後ろぐらいの席に座っていた気がする。彼女は頭が良い上積極性もあり、学校の中では目立って優等生だ。しかし対人関係が苦手なのか、それともクラスの人間に興味がないのか、クラスに友達が一人もいない。実は、私はあの女子生徒のことをかなり尊敬していた。自分より頭がよく、人前で自分の意見を言うことに臆さず、一人でも強く戦うことができる。自分とは対照的な存在であるあの子に、憧れを抱いていだといっても間違いではないだろう。
だから、私は内心穏やかじゃなかった。悪口は続く。
「てかさあ、教科書読むときの声やばくね?小学生の音読みてえなんだよあいつの。」
ぶつぶつしゃべってほとんど聞こえないお前らよりはましだろう。
「多分あの子さ、一人でいる私ってかっこいい、みたいな感覚なんじゃないかな。いわゆるチューニビョウってやつかも。」
あれが厨二病なわけあるか。そして群れていないと何もできないあんたらよりは断然いいだろう。
彼らの悪口は続く。お願いだからもうやめてほしい。会話が終わることを願いながら、リコの背中にくっつき歩く。
「お星様はどう思う?」
突然、軟派男が振り返り、私に訪ねてきた。頭が真っ白になる。
「え」
「あいつのこと。誰のこと話してるはわかってるよね?」
動揺して、言葉が出ない。数秒してからやっと、あ、うん。とだけ声に出すことができた。
「サユリもどんどん言っちゃっていいのよー。1年の最後なんだしすっきりしなきゃ。」
リコが急かしてくる。強烈に視界が狭くなる感覚に襲われた。頭が熱くなる。何か、何か言わなければと焦る。しかし、自分の尊敬している人の悪口なんて出てこないし、言いたくない。
「そうだね、正直私もあんまり好きじゃないかな。」
私は、そう言ってしまった。あまり強い言葉でなかったため場が冷めるかと思ったが、周りは「お星様に嫌われるとかあいつやばいなー」などと言い、更に盛り上がっていった。もう、彼女と話す権利は私にはないな、と思った。
10時ごろになり、私たちは解散することになった。男子たちはもう少し宝釣りだの射的だのをやっていくらしい。正門の階段を降りたところで、私は右に曲がろうとした。するとリコが気づき、
「あれ、サユリも家こっちじゃなかったっけ?」
と聞いてきた。できるだけ平静を保ち、無理に笑顔を作って、
「いや、どっちでも行けるんだけどさ、こっちの方が近いんだよね。あとお姉ちゃん一人で寂しそうだから早く帰らないと。」
と嘘を述べた。リコは若干訝しげな表情を見せたが、すぐに笑顔になり、
「今日は楽しかったね!良いお年を!」
と溌剌と言った。二人に手を振り背を向ける。1年を終える前に、どうしても一つ文句を言わなければ気が済まなかった。
リコたちが見えなくなる事を確認すると、私は全速力で走った。暗い街中を、ただただ走る。何度か道を曲がり、15分ほど息切れをしながら走って、目的地についた。道を間違えていなくてよかった。私が到着したのは、神社だ。神社といっても、さっきまでいた十龍神社ではない。あかりもなく、小さな鳥居の先にポツンと佇む小さな祠と賽銭箱は、先程の立派な神社とは似ても似つかなかった。私は鳥居をくぐり、賽銭箱の前まで駆けつけ、そして勢いのままその賽銭箱を思いっきり蹴飛ばした。第一声は、
「てっめえどうにかしろよお前の仕事だろうが!」
だった。あれが私の口からでた声だとは、にわかに信じ難い。
そこからは、あまりよく覚えていない。怒りというより苛立ちに支配された私は、賽銭箱を蹴りながら、神に向け罵詈雑言を吐き続けた。何に向かって怒っていたのかと問われたところで、私はちゃんとした答えを出せないだろう。ただ、自分のつるんでいる人間が自分の尊敬している人の陰口を言っている姿が、ただただ気持ち悪かった。ほんの数分前の出来事が、私の理性を飛ばすのには十分だったわけだ。
足が疲れてきて、私は蹴るのも叫ぶのもやめた。息が上がっている。賽銭箱の方を向き、私はぐったりと座り込んだ。しばらくして、この場を誰かに見られていたらまずいことに気づいた。理性的、論理的思考が追いついてきたのだ。痛みの走る足を奮い立たせ、立つ。そして後ろを振り向いた。
なんと。
後ろの正面は黒い狐だった。いや、黒い狐の面をを被った男だった。
「ああ、えっと大丈夫かい、お星様。」
その黒の狐の面をつけた男は、気まずそうにそういった。聞き覚えのある声だ。すると、男は面を外した。意外な人物だった。
海藤ユウヤ。あの忌々しいバックれやろうだ。謎の不審者が自分の知り合いだったことに安堵しつつも、なぜユウヤがここにいるのかが不思議だった。ただそれよりも、バックれたことを指摘したかった。
「あ、あんたバックれやろうじゃん。」
「いきなり痛いところつかないでよ。まああれは、申し訳ない。」
祭りぐらい自分が心を許せる相手と行きたいじゃないか、と彼は漏らした。
ユウヤの説明によると、彼はもともと小学校の友人と祭りに行く予定だったそうだ。しかしあの軟派男にあまりにもしつこく誘われ、めんどくさくなり当日になって断ることにしたらしい。それで祭りに行って私たちに鉢合わせたら流石にまずいので、お面をつけてばれないようにしていたそうだ。
「まあなんとなくわかるよ、君が怒っている理由は。」
ユウヤは、鳥居に寄りかかり、空を見上げながら言う。
「君はなんだろう、ああゆう奴らとつるむタイプには見えないからね。何か価値観の合わないことがあったんじゃない?」
自分の全てを見透かしたような発言に少し腹が立った。
「どうゆうこと。」
「そのまんまの意味だよ。」
私は無言で、ユウヤを睨む。
「君は、正義感が強いんだと思うよ。いや、倫理観、なのかな。」
まあだらしない姉がいるのもあってか、「ちゃんとしなければ」と言う気持ちが強いことは確かだった。倫理観と言われても、それがどういうものなのか私はよくわかっていなかった。
段々と落ち着いてきた私は、頭の中でさっきまでのことを振り返った。そして、つい先程起こったことを簡潔にユウヤに説明した。
「どうすれば、あの子達、悪口とか言わなくなるかなあ。」
半分独り言のように、半分ユウヤに語りかけるように呟いた。
「あれでもさ、私たちの友達じゃん。いいところもたくさんあるし。」
本音だった。確かに、私の今の友達には人を陰で馬鹿にするような醜さがある。私がこれからもその醜さに耐えられるかはわからない。でも、同時に彼らは私の友達なのだ。話していて楽しい時もたくさんあるし、私みたいなやつに優しくしてくれることも多い。私から見ても、いいところはたくさんある。だから、これからもずっと友達でいるためにも、変わって欲しかった。
「お星様」
ユウヤが急に、穏やかな声で諭すように言う。ユウヤを見る。彼は相変わらず空を見ていた。
「これはある程度確信を持っているんだけどね、ああいう人たちは、ずっとああいうままだと思うよ。」
「いくら悪口をやめてといっても、良い人間になろうと呼びかけても、彼らは今日のような”あれ”を続ける。」
ユウヤは珍しく断定口調だった。彼には昔、この断定の理由となる何かがあったのかもしれない。
「もう諦めるしかないってこと?」
私は、投げ捨てるように言った。するとユウヤは、かすかに笑ったように見えた。
「そうでもないよ。ほら、例えばさ。祈ればいいんじゃないかな?」といって、ユウヤは私が蹴りに蹴った賽銭箱の方を指差す。
「人の悪口をいってしまうような人たちが、悪口を言わなくても幸せになれるような世界がきますようにって。僕らじゃもうどうしようもないから、そこにいる神様にさ。」
ユウヤは目を瞑る。そして開ける。
「人ではどうにもできないものを助けるために、神様はいるんだろう?」
私は彼の言った言葉を飲み込む。そして、まあ悪くない考えだなと思った。
「自分で言うのはなんだけど、都合が良すぎるね。まあでも、悪くない」
あれほど無礼なことをしておいて、神様は御立腹だろう。そこそこのお金を出せば許してくれるだろうか。地獄の沙汰も金次第というし。賽銭箱の前にたち、財布から取り出した千五百円ぐらいを投げ入れる。
「自分が蹴り倒した賽銭箱にお金入れるのは、なんだかおかしいね。」
ユウヤが皮肉じみたことを言う。
私は少し笑って、同感だよ、と言った。
作法は覚えていなかったから、適当に手を叩き目を瞑る。
「今年最後のお願いです。世界中の人たちが、もう少しだけ、より良い人になれるようにしてください。」
なぜだろう、願いを声に出したら、とても穏やかな気持ちになった。
「僕も祈っておくよ。」
そうしてユウヤと私は、今年最後のお願いを神様にしたのだった。
送って行こうかと言われたが、私はそれを丁寧に断り来た道を戻った。十龍神社に近づくにつれて、子供連れの家族がちらほらいる。時刻は既に11時を回っていた。階段を上り、屋台が並ぶスペースに入る。焼きプリンの看板を探しながら、財布の中身を心配する。
「ただいまー。」
疲労感たっぷりの声でいい、カバンを玄関に投げ捨てこたつに直行する。
「おっそおおおおおい!あと少し遅かったら探しにいくとこだったよ、電話も出ないし!」
姉は相変わらずコタツの中で寝そべっている。ぐーたらしながら心配されても、と呆れる。
「これは直感なんだけど、いくら私が遅くてもお姉ちゃんはコタツから出られなかったと思うな。」
そんな悪態を着いた私も、コタツに入る。やっぱり、家族で入るコタツは天国だ。世界の人間がどれだけ悪くなろうと、この楽園が確保されてるならどうでもいいか、とも思ってしまう。
「で、どうだったのよ祭りは。」
姉は興味なさそうな声で聞いてくる。
「ふつー。まあまあ楽しかったよ。」
私も同じトーンで答える。
「ほんとお?まあなんかでてった時よりはスッキリした顔してるね。」
どうだろう、嫌なことはあったが、それでもユウヤと話したおかげですっきりしたというのはあるかもしれない。
「狐のお面は買ったの?」
ユウヤのつけていた狐の面が頭に浮かぶ。
「んー、お面はなかったけど、プリンなら買ってきたよ。」
「なによそれ。まあいいや、食べようよ。」
今日はいろんな嫌なことがあったけど、それらを今年に置いていけるのは不幸中の幸いか。そして来年は、もう少しみんなが優しい人になれるよう、コタツの中からも祈っておこう。そんなことをぼんやり考えながら、私はプリンにはしゃぐ姉を見ていた。
今年がもう終わる。神様は、私とユウヤの願いを聞き入れてくれるだろうか。それとも、私の無礼な行動に怒ってしまっただろうか。どちらにせよ、今日神様に祈ったことは、それなりに意味があったように思える。そういえば、賽銭とプリンのせいで財布がすっからかんだった。上機嫌な姉がお年玉を多くくれることも、ついでに祈っておこうかな。
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