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「今日未明、大阪府大阪市の路上で、トラックが歩道を走行し10数名が重軽傷を負う事故がありました……」  テレビの中のキャスターは、そう淡々と伝えた。  『死亡』のテロップの後に、見知った名前が流れる。  立花要一の名前があった。  居ても立っても居られなかった。私は彼の娘なんだから、葬式くらいは参列できるかもしれない。  文句も言えないまま死ぬなんて。せめて息子に話が聞けたら。そんな思いで荷造りをした。  葬式に乗り込むなんて、常識知らずかしら。そうは思ったが、他に方法はない。少なくとも今は思いつかなかった。写真ではない生身の父親を見ることができるのも、この時を逃せばもうないだろう。  ふと、タンスにしまっておいたポシェットと、一緒に置いておいた母子手帳が目に入る。父との唯一の思い出。  咄嗟にそれも鞄に詰め込んだ。  そして新幹線に飛び乗り、大阪へと向かった。  安いネットカフェに泊まり、一晩中近辺の葬儀場とお寺を探した。さすがに宗派まではわからない。ピックアップしたところを翌朝、しらみ潰しに回った。大抵、『○○家 葬儀』という看板や貼り紙が貼られているからだ。  6つ目の葬儀場でようやく見つけた。だが、何時から始まるのかわからない。私にわかるのは立花修司の顔だけだ。あの人が来た時に入ろう、そう決めて張り込んだ。  朝早くに立花修司はやって来た。付き添い部屋もあるはずなのに、泊まりはしなかったらしい。  バレないようにこっそりと後をつけて、葬儀の行われる部屋を確認する。  立花修司は随分疲れた様子だった。目の下にはクマができている。喪服に着られている、という印象だった。それもそうか、両親を一瞬で奪われたのだから。  でも、私だってずっと苦労してきたのだ。あなたが当たり前に享受して来た愛を、私は貰えなかった。貰えたのは数年だけだった。  ぎゅっと拳を握りしめる。あとは乗り込むだけ。  父が死んだ、という悲しみは今は感じない。  なんで勝手に死んでるんだよ、という怒りが、私を突き動かす。  ねえ、父さん。死んでからだけど娘が会いに来たよ。生きていたらどんな顔をするんだろう。私は文句しか言えないよ。父さんはなんて言うのかな。  そっと鞄の中のポシェットに触れる。  さよなら、父さん。それから、はじめまして、修司さん。  私は大きく息を吸い込んで、葬儀場へと一歩を踏み出した。  吸い込んだ空気には、秋の冷たい風が少し混じっていた。  
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