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『大人の事情』を知ったのは10歳の時。
『二分の一成人式』という行事を学校でやることになった。
「お父さんお母さんに、生まれてからのお話を聞いたり、母子手帳を見せてもらったりして、10年間をまとめた冊子を作って発表します」
担任がにこにこと笑いながら言う。
「せんせー、お父さんやお母さんがいない人はどうするんですかぁ?」
ちらりと私を見ながら、クラスの中心にいる女の子が挙手する。
田中玲奈とかいう名前だったか。前から私に父がいないことをちくちくと言ってくる嫌な奴だった。母がキャバクラで働いている、という話もどこからか聞きつけて、事あるごとに私を馬鹿にしてきた。
「そういう人は、おじいちゃんやおばあちゃんに聞いてみましょう」
「せんせー、おじいちゃんもおばあちゃんもいない人はー?」
田中は畳み掛けるように質問する。彼女と仲が良く一緒になって私を馬鹿にしてくる数人の女子が、くすくすと耐えきれずに笑っていた。
「そういう人は先生に相談してください」
担任も、そいつらが私に向かって言っていることはわかっている。波風を立てたくないのだろう、いつだって見て見ぬ振りして場を収めていた。
「だってぇ、三山さん。お父さんがいないと大変だね!」
挙手した女子が私の方を振り向いて意地悪な笑みを浮かべる。聞いてくれるなんてやさしー、という聞こえよがしな嫌味が取り巻きの女子から聞こえた。
私は田中を思いっきり睨みつけた。
「うるっせーよ、聞いてくれなんて頼んでないんだけど」
そう言った瞬間にクラスの空気が凍る。
田中は大袈裟にわっと泣き出した。数人の女子が慌てて駆け寄る。金魚の糞かよ、と心の中で吐き捨てた。
「ひどいよ三山さん、玲奈ちゃんがせっかく聞いてくれたのに!」
「そんな言い方はないじゃん!」
「あやまりなよー!」
だから聞いてくれなんて頼んでないじゃん。私は思いっきり舌打ちをした。
「三山さん、やめなさい」
担任から声が飛んでくる。明らかに悪いのは田中なのに、いつも諌めるのは私の方。
女子ってこえー、という男子の声が聞こえて、私はもう一度舌打ちした。
「とにかく、皆さんご両親や家族の方に話を聞いてきてください。学活の時間で10月の文化発表会までに仕上げますよ」
担任がそう言って、無理矢理に帰りの会を終わらせた。田中はまだシクシクと泣いている。
大嫌いだ、担任も田中もその金魚の糞たちも、なにより私を捨てた父親も、仕事で全然帰ってこない母親も。
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