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母は癌だった。ステージ4の乳ガン。あちこちに転移も見つかった。
もうあと何年生きられるかわからない。母は悲しげに笑ってみせた。
「生きなきゃダメだよ、母さん」
私は必死に働くことにした。治療にはお金がかかる。少しでも長く生きて欲しいと思うのは、私のエゴかもしれないけれど。
ガンと分かって初めて、私は母に昔言ったことを後悔した。最低、なんて言うんじゃなかった。
何年も口を聞かなかったのが悔やまれた。そうすれば、もっといろんなことを話せていただろうに。
あれだけ軽蔑していたキャバクラで働き始めた。
やはり夜の仕事はかなり稼げる。ただこれは、若さの前借りみたいなものだな、と思った。昼も夜も働けているのは、おそらくまだ私が若いからだ。それでも体に良くないことは、ひしひしと感じる。
母も美しく、年の割には若い方だったが、30も半ばになるとキャバクラを辞めていた。
夜の仕事を始めたのには、治療費のためだけでなく、もう一つ理由があった。
探偵に頼んで、父の居場所を知るため。
母がこんな状態ならば、父にも知らせるべきだろう。そう思ったのだ。それに、妻帯者なのに母と行為に及んだ父にも問題がある。会って一言、文句を言ってやろうと思っていた。
探偵は想像以上に高かった。30分だけでも数万が飛んでいく。だがその分、きっちりと成果は上げてくれた。
立花要一の住所、職場、本籍や家族構成まできっちりと調べ上げられていた。尾行して撮ったのであろう、写真も何枚か添付されていた。
スーツ姿の要一は、宮島での写真よりずっとくたびれて見えた。それもそうか、もう20年以上経つのだから。
彼の息子の立花修司の写真もあった。父親によく似た顔立ちの、ぼんやりした男だった。
家族でレストランにいる写真が撮られていた。楽しげに皆笑っている。私は思わずその写真を握りつぶした。
私と母はこんなに苦労しているのに、何をのうのうと生きてやがる。
久しぶりに、怒りがふつふつと湧いてきた。だが昔とは違う、もう文句を言う相手は一人だ。しかも住所も連絡先もわかっている。
あとは連絡して、会いに行くだけだった。
そんな時に、とあるニュースが飛び込んできた。
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