1章  盗まれた古の秘石 【プロローグ】

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1章  盗まれた古の秘石 【プロローグ】

 のどかな景色が眼下に広がっていた。真っ青な空、青々しい緑の木々、人里から離れ、静かなその山々を背景に、さわさわと風が吹く以外、静まり返った場所だった。景色だけ言えば非常に落ち着いた、いい場所だろう。だが私には分かる。この山々の奥から、なにかよどんだ空気が流れていることが。  私は、胸ポケットに入っていた紙切れを開いた。村の少年が書いてくれた地図だ。幼い字で丁寧に書いてくれたその地形と見比べながら、私は現在位置を確認する。 「地図で見ると、大分近いようだな……」  目的地の方向へ視線を向け、私は意識を集中する。視界が閉ざされると、肌に触れる空気が意識を刺激する。真っ暗な視界の向こうで、どんよりと重い気配が、うっすらとこちらに伸びているのが分かる。肌に触れるその気配は、ずっとずっと森の奥深くから、煙のように伸びてきているのだろう。同時に魔物の気配が増えていることも確認できた。 「……どうやら目的地は間もなくのようだ……。急ごう」  私は瞳を開き、そのまま前進を続けた。  私が小さな村に立ち寄ったのは昨日のことだった。村の人々が生活の頼りにしている山に、最近妙な魔物が増えているということを聞いた。 「兄さんも、北方大陸を目指すなら、あの山を越えなきゃいけないだろ。気をつけたほうがいいよ」  旅先で休ませてくれた宿の少年が、私にそう言ってくれた。  この世界には、魔物が人々の生活の身近な所に存在する。もちろん、人に害をなすこともあるが、魔法を使える魔術師や、戦いに慣れた警備隊や魔導師がいれば問題はない。しかし、この小さな町では、そんな魔術師や警備隊はいないのだろう。  私は朝食を食べ終え、少年が持ってきてくれたお茶を飲んでいる最中だった。小さな宿の食堂には客は数名しかいないようで、後は宿を切り盛りする主人が忙しく歩き回っている以外、しんとして平和な空気だった。その空気からは想像できない、重い空気を少年から感じ、私はお茶を飲む手を休め、少年に視線を移した。 「気をつけたほうがいいって……どういうことだい?」  少年から不穏な音が聞こえていた。何か恐れているものがあるのだと内心気付いてはいたが、そんなことは一般の人に言うことではない。私は内心緊張感を持ったがそれを穏やかに押さえ、少年に問いかけた。私の呼びかけに、少年は周りの視線を気にしながら小声で話しかけてきた。 「最近……あの山に、奇妙な魔物が出るんだ。真っ黒な影みたいなヤツ。村の人たちが何人か襲われたんだ。別に死んだ人は出てないんだけどさ。音もなく近づいてくるから不気味だんだ。しかも……」  そこで少年はつばを飲み、また周りに人がいないことを確認して言葉を続ける。 「山の奥に、古い神殿みたいなところがあるんだ。昔からオレ達、村人にとっては村を守ってくれる神様がいるって信じられてたところでさ……。どうもその神殿の周りから魔物が現れるみたいだから……。みんな神様のたたりかもしれないって恐れていて、誰も魔物を退治に行かないんだ……」  その話に、私は思わず考え込んだ。この地域にある古い神殿――北方大陸にある古い神殿なら、心当たりがあった。光の神の信仰や、竜への信仰があったと聞く歴史ある土地だ。しかし、その大陸のつなぎ目に当たるこの地域に、神殿を構えた神などいただろうか……? ――だが……。  そこまで考えて、私は少年の方を向いた。少年と目があうと、私は彼を安心させるために優しく微笑んで見せた。 「心配してくれてありがとう。しかし、そんな魔物が出るとなると、村の人たちはかなり困っているだろう?」  私の問いかけに少年はうん、と頷いてうなだれた。私はその少年の肩に手を置き、立ち上がった。 「その神殿の場所を教えてくれないか。どうせ通り道だ。ちょっと神殿を確認してみるよ」  私の申し出に、少年は案の定反対した。しかし私の意思が揺らがないことを知ると、観念して場所を教えてくれた。しかも丁寧に地図まで描いて。その心音(こころね)から、もしかしたら、魔物が消えてまた平和になるのかも、という淡い期待も感じ取りながら、私は静かに少年にお礼を言った。 「お礼いうのはオレのほうだよ。でも、無茶しないでくれよ。お客さんがやられた、なんてなったら、オレ……なんて謝ればいいか……」 「私なら大丈夫。原因が分かれば、魔物も消えるかもしれないだろう。では、地図をありがとう」  そういって私は宿を後にしたのだった。
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