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『それに、田淵さんの絵も僕は凄くいいと思います。特に、この大コマとか。彼女のドキドキが、表情からだけでもめいっぱい伝わってくる。田淵さんは、キャラクターの表情で魅せるのが得意なんですね』
『!』
初めてだった。私の絵を、そんな風に褒めてくれた人は。まだ下書き、それも線の荒いネームの段階にもかかわらず、そこまで私の絵から想いを汲み取ってくれる人がいるだなんて。
喜びと緊張で、正直倒れてしまいそうだった。まあ、そのすぐあと部長から山のようにダメだしを食らって、倒れるまでもなく現実に引き戻されることにはなったのだけれど。
――嬉しかったな。あんな凄い子に、あんな風に思って貰えてたなんて。
それがきっかけで、少しずつ彼と話す機会が増えた。ちっともできてなかったデッサンのやり方、コマ割りの技術、台詞の動かし方。素人に毛が生えた程度には違いないが、彼に教えて貰ったことで、多分入部当初よりは大分マシになってきたのではないだろうか。
好きだ、と自覚するまでそう時間はかからなかった。
それでも私は、正々堂々“彼女にしてください”なんてことを言えるはずもなく。どうにか勇気を死ぬほど振り絞って言えた言葉といえば。
『わ、私。水城君のことが、好きです。だ、だからその、でも、いきいなり付き合ってとか言えないからせめて……お、お友達になってくれませんか。一緒に画材買いに行ってくれるとか、そのくらいでいいから……』
なんとも中途半端で、消極的なお誘いをしてしまったものだと思う。ましてやサークルの帰り、他の部員に聴かれる可能性もある駅前広場でよくあんなことが言えたものだと。
それに対して、要の返事は。
『え、えっと……僕はとっくに、田淵さんと友達のつもりだったんだけど……』
脈がない、わけではないのだろう。彼も赤くなっていたし、ごめんなさいとはけして言われなかったのだから。しかも、じゃあ今度の土曜日に一緒にお買いものに行こうか、という話になった。向こうがどういう意識であるのかはともかく、こちらがデート気分であるのは十分あちらに伝わっているはずである。嫌がられていないのだから、きっと、向こうもまんざらではないはずだ――多分。
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