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 先ずこの場のやるせない静寂を破ったのは、遅れて最後に着席した中年のおっさんだった。彼は真っ先に己の身分を頼みもしないのに明かした。後で知るとそれは彼独特のセールスだった。先ず名刺を三名に手渡した。菅原税理事務所、税理士・菅原洋介(すがわらようすけ)と書かれていた。各自名刺に目を通したタイミングを見計らっておもむろに語り出した。 「何かご用はございませんやろか何でしたらややこしい年末調整でもあれば立ち所に片付けさしてもらいますけれどどうでっか」  と菅原は何を言われても愛想笑いを絶やさず接していた。 「まあ税理士さんだってケンちゃん」  女は関心を引かせようと、連れの男の肩を揺すった。何だ此の男は事業家かと、刈谷はむき出した女への対抗心を一気に蹴り落とされた。 「ホォ〜そちらの方は関心をお持ちのようで、ご商売でもなさってるんですか」  菅原は食いついた獲物は逃さないと、ばかりに身を乗り出して来た。何だあの名刺は撒き餌代わりか、と刈谷は今更ながらこの男の営業の手法に思い知らされた。 「もしも経理でお悩みならいつでもご相談に応じさしてもらいまっせ」  軽蔑したのか興味を持ったのか、男は薄笑いを浮かべた。菅原は興味を持ったと見て透かさずアタックした。 「なんか事業を興されてるんですか」  なんで初対面のお前に言わなあかんのんやあ、と云う顔をして鋭い視線を浴びせた。 「けんちゃん何そんな難しい顔して」  と隣の女は吹き出しそうな顔で男を見据えた。 「別にこの人は小さいながらも会社を持ってますからちょっと気になったのよ、ね」  と女はけんちゃんと呼ばれた男を弁護した。男は機嫌を取り直した。菅原はこの男は粗暴だが、この女には弱そうだと睨んだ。隣の女の働きかけ次第では、此の男の会社から経理の委託契約が取れるかも知れないと目論んだ。
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