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俺はいつの日か家庭を持っていて、最愛の妻と、そして2人の子供を授かっていたのだと。あの日の懐かしい記憶が、脳内をグルグルと駆け回る。家族と出かけた真夏の海、微かな塩を含んだ海風に吹かれながら楽しんだ砂浜を、この一瞬で蘇らせた。
「そうか、ここは」
ようやく気がついた。その懐かしい記憶はほんの数時間前の出来事だったということを。
俺は恐る恐る、その破れた浮き輪に近寄ってみた。砂浜に足形を1つ、2つとつけながら、海が立てる波の音を聞きながら、歩みを進める。
ふと、俺は歩むのを止めた。
破れた浮き輪の近くに俺が見たのは、懐かしき家族の面影であったのだ。青く輝く小さなゴーグルと、骨組みだけになった折れ曲がったテント。俺は静かに、それを取り上げた。
「なんで、、、」
乾いた顔を、冷たい水滴が一直線に流れ落ちる。
青いゴーグルを強く、強く握りしめ、胸に引き寄せた。忘れられない思い出を、深く噛みしめるように。
「幸たちがそうなら、大黒柱の俺だってそうでないと恥だろう」
俺はそのゴーグル、骨組みだけになったテントを惜しいけれど砂浜にそっと置き、その場を離れた。
この足は無意識に海へと向かっていく。
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