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鈍い子
❖ ❖ ❖ ❖
「小鳥遊くんが瑞穗の『お隣さん』だったのですか」
パソコンを打ちながら、浬が小鳥遊に尋ねる。
「そうだったみたいですね」
書類整理をしながら手を止めることなく、小鳥遊蓮は答えた。
「……本当に『何もなかった』のですか?」
「ええ、ご心配なく。何もやってないですよ」
作業の手を止めて、浬に目を遣る。頬杖を付いてじーっと小鳥遊を見ている浬がいた。目が合った一瞬、時が止まる。
「あなたは信頼していますから」
そしてにっこり微笑むと、浬は止めていた指を動き出す。その言葉に何も返答せず、小鳥遊も止めていた書類整理を再開したが、浬から見えない表情には少し陰りが出ていた。
❖ ❖ ❖ ❖
灯弥の助手席で悠々自適に過ごしていた私に、灯弥が思い出したかのように質問してきた。
「水無瀬センセのとこに、すんごいイケメンいたわよねぇ? あれ誰なのぉ?」
「あ、あの人は浬くんのラボの助手してる院生って言ってたけど」
私はドリンクを放し、思い出すかのように話す。
「院生っ! なにぃそのハイスペックなイケメンっ! アタシめっちゃビックリしたんだからぁ」
「あれ? 気になるの? 灯弥ってゲイだっけ?」
私の記憶では、ゲイという記憶はない。でもだからと言って、私の記憶の中に彼女の記憶も無い。そういうところはミステリアスだと再度認識してしまった。
「やっだぁ~そんな野暮なことは聞かないのぉ」
私の頬をツンっとしながらウフフっと言っている。イケメンだけど可愛い。
「灯弥ってホント可愛いって思うよー」
私は嬉しくなって素直な言葉を返す。その返しに「あらやだ! ありがとぉ」とほほ笑んでくれた灯弥は……何も言わないとほんとイケメンよね。
「灯弥って、何も言わないとふっつーにイケメンよねぇ」
何気に気づいたら心の声が呟きになってしまっていた様子。
「あら? もしかして惚れちゃったぁ?」
灯弥がニヤリッとしている。あ、私絶対遊ばれてる……。
私は「うんうん、惚れちゃったよー」とカラ返答で「はいはい」という感じで返しちゃった。まぁ気にしてないよねー? ついでに満面の笑みも付けちゃう。
「ほんと……いろいろ鈍い子ねぇ」
という灯弥の呟きは、私には届いていなかった。
まぁ、いつものやり取り。
これが問題ごとへの序章だとは……今は全く気付かなかった。
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