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4. 呪いの刻印
ロイの青紫の眼差しは、こちらを探るような深い色を浮かべている。しばらく迷ったのち、ディルはひとつため息を吐く。黒い獣を撫でて、その身を自分の上から離れさせると、ゆっくりと寝台から下りる。ふらつきそうになった身体を黒い獣が支えてくれた。
「お世話になりました」
言って、すぐそばに落ちていた自分の荷物から銀貨の入った袋を取り出すと、寝台の上に放り投げる。そのまま背を向けて扉に向かって歩き出そうとしたが、呆れたような声が追ってくる。
「おーい、待てって。薄々気づいてたけど、あんた見かけによらず気が短いな」
無視して外を出ようとしたが、肩を掴まれた。
「そんな格好で外に出るとか正気か⁈ あんなごろつきじゃなくたって寄ってきて、すぐにまた襲われちまうぞ?」
だが、すぐに悲鳴が上がる。
「痛ぇっ!」
見れば、黒い獣がロイの足に噛み付いていた。さすがに本気ではないだろうが、あの顎と鋭い牙で噛みつかれれば、無傷では済まないだろう。少し迷ったが、その場に膝をついて、獣の顎を開かせ、金の瞳を見つめながらその顔をじっと見つめる。
「——お腹壊すよ?」
「他に言うことないのかよ……?」
深くため息をついたロイをひとまず椅子に座らせてその足を見ると、くっきりと歯形がついていた。傷は浅いようだったが、念のため、傷口を洗い流し、清潔な布と包帯で巻いておく。
「手際がいいな」
「慣れているので」
そう答えるとロイは微妙な顔をする。おそらくその理由に思い当たったのだろう。
「……苦労してるんだな」
「さあ、どうでしょうね」
「ああ、そういえばあんたの腕は大丈夫か? ちょっと見せてみろ」
今度は答える間も無く左腕を取られる。獣が低く唸ったが、顔だけ向けて頷くと、不満げに鼻を慣らしながらもその場に身を伏せた。その様子を見て、ディルはロイに促されるままに椅子に座る。彼は、ディルの腕に巻かれた包帯をゆっくりと優しい手つきで剥がしていく。そうして、その視線が大きく切り裂かれた傷の先にある、手首の中ほどまでを覆う黒い蛇のような文様で止まった。
——その意味に気づいただろうか?
どくんと心臓が不規則な鼓動を打ったが、よく考えればこの傷の手当も彼がしてくれたものだ。それについては、すでに一度目にしているはずだった。ロイは何も言わず、傷口に何かの塗り薬を塗り込むと、新しい包帯を巻きつけた。痛みを感じない、けれどしっかりと巻かれたそれに、知らず知らずのうちに詰めていた息を吐く。
「しばらく動かすなよ」
「ありがとうございます。あなたこそ、手慣れていますね」
「これが仕事だからな」
「仕事?」
「薬師だ」
事もなげに言うその顔を思わずまじまじと見つめる。その体躯から、どちらかというと、もっと荒事方面の職についていそうに見えたのだが。
「あーはいはい、似合わないって言いたいんだろ? だが、材料も自給自足だ。意外と効率がいいんだぞ」
「そうですか」
「興味ないにもほどがあるだろ?」
「話がそれだけなら、そろそろ失礼します」
「あーもう待てって」
ロイは頭をかきながら、何やら考え込む風だったが、顔を上げるともう一度ディルの左腕をつかんだ。わずかに痛みが走って、顔をしかめると慌てて力を緩めたが、手を離そうとはしない。そのまま、包帯の先に見える左手首の内側に浮かび上がる黒い文様を示す。
「あんたのこれ、『盟約』を違えた呪いの証だろう?」
ぴくりと黒い獣が耳をそば立てて身を起こしたのが見えた。鋭い眼差しでロイを睨みつける。
「そんなに睨むなよ。言っただろう、俺は薬師だって。仕事柄、古い書物に当たる事も多いし、何より呪いや術についても知ってることは人より多い。いざっていうときに癒せるようにな」
「……なぜ、これが呪いの証だと?」
じっとその青紫の瞳を見つめて尋ねたディルに、ロイは少し迷うように視線をさまよわせたが、ディルの腕をつかんだまま、そっと包帯の上から傷口に指を滑らせる。
「あんた、あのごろつきどもを始末するのに『血の禁呪』を使っただろう」
「禁呪……」
「人の身体の一部を使った呪術の一つだな。その非人道的さ故に、先の大戦後の盟約で禁止されている」
かつて、どこかで聞いたような気がした。
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