新宿区歌舞伎町ホストクラブギルティの元刑事ホスト2

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新宿区歌舞伎町ホストクラブギルティの元刑事ホスト2

「いや、これ以上はダメだよ。うちは掛けは10万までって、入店の時説明したでしょ。」 営業中の薄暗い店内、カーテンでフロアと軽く遮られたキャッシャーの前で、海は、先日の面接後入店した遼に客の掛けを迫られていた。 「海NP…そこを何とか、お願いします!あの子かなり頑張ってくれる子で…今日俺に絶対ラスソン歌わせたいって…あと20あれば…」 ギルティに限らず、ホストクラブではその日の売り上げ一位のホストが閉店のラストソングを歌う事になっており、日々それを競い合っている者もいる。 あくまでも月末の売り上げが物を言うが、このラストソングを担当ホストに歌わせる為に、閉店一分前に50万の酒を入れる客もいるのだ。 「それは掛けじゃないお金でお願い。あと、まだ閉店まで3時間以上あるんだから、ゆめ君だって、翔君だってこの後まだまだ売り上げ上げてくんだから、20万じゃ結局足りなくなると思うんだけど」 引かない遼にため息交じりに、常に売り上げ上位のゆめと、翔、二名の名を出した。 「それは大丈夫です、他の子も呼んでるんで。昨日俺が着いた姫、今日もこの後来てくれるって…」 「昨日の姫…って」 海は、昨日初回で来て、遼が接客した二人の客を思い出した。 ホストが姫、つまり客に聞いてはいけない事は年齢と職業である。 ので、正確な事は不明だが、一人は20歳そこそこ、ゴスロリファッションに黒髪ツインテール、遼との会話に聞き耳を立てていると、所々に「おじ」「おじからひっぱってる」という単語が聞こえてきた。 ー頂き女子だー 海はすぐにピンときた。 この場合、オジとは叔父、ではなく彼女たちに「金をくれるおじさん」の事を指すのだという。 SNSなどで知り合い、巧みに借金があるなど嘘をつき、肉体関係などは持たずに金を振り込ませるというが、控えめに言って完全な詐欺師だ。 中には2年で億単位荒稼ぎしたとSNSで吹聴する有名な女子もいて、話題になっている。 労せず手に入れた金の為か、使い方も一晩で5・600万と散財するので一部ホストクラブではありがたい存在となっているらしいが、ギルティでは初めて見た。 一時の金はあるだろうが、あまりにも不確実、不安定な収入すぎる事と、歌舞伎町に多い、ホームレスホテル暮らし、実家を家出していて、ビジネスホテルやラブホテルで寝泊まりしている子が多く、つまりは住所不定で掛けなどされようものなら飛ばれる可能性が高すぎる。 「あの子か…ま、とにかく掛けはダメだよ。社長の経営方針だからね、ほらほら、もう席戻って、姫を待たせちゃダメでしょ」 そう言って海は、遼の肩を持って回れ右をさせ、軽く背中を押してフロアへ戻す。 遼が恨みがましそうな目でこちらをちらりと見た事には気づかないふりをした。 昔から外見を褒められることはあったが、海はどちらかと言えば自分の見た目は優男の部類にあたると自覚している。 182センチの高身長とはいえ、やせていてひょろりとした体系、たれ目に長いまつ毛。 髪はくせ毛のウェーブを生かせるように肩までやや伸ばしている。 アンニュイと言えば聞こえはいいが、つかみどころのない飄々とした…ともとれる優しい話し方で、実は警官時代はこれで案外職質検挙率が高かった。 優男故、相手が気を許しやすく、はじめは甘く見られるのだが、相手の発言の矛盾を見逃すことなく、的確に追いつめ、落としていく。 そんな雰囲気の海を、遼も甘く見て、ごねればいうことを聞かせられると思っていたのかもしれないが、おあいにく様。 10年以上ホストクラブで働いていればホストの我儘・揉め事は日常茶飯事聞いてきた。場数が違う。 早々にあしらわれ、退散させられてしまったという次第だ。 渋々戻っていく遼の後姿を見つめながら、海は先日呼び止められたホスト、蓮との会話を思い出し、やや不安な気持ちになった。 遼の面接後、話があると2・3か月前入店したこちらも新人ホストの蓮に言われ、店の上階に構えた事務所で話を聞くと 「さっき面接していた子なんですけど…池袋時代の同僚じゃないかと…顔はかなり変わってて、最初全然きづかなかったんですけど、あいつの声って、高くて特徴あるじゃないですか。通りがかった時、あれ?って…よく見たら間違いないかと思って…」 言いながら蓮は、どこか不安そうで落ち着きがない。 海はやっぱり経験者だったか、と自分の勘に内心感心しながら連の様子も同時に観察するのを忘れなかった。 センターパーツの黒髪に柄物のビッグシルエットのシャツ、唇には赤リップという令和ホストスタイルの蓮は、地元の大宮・池袋でホストを経験し、以前からの目標であった歌舞伎町にやってきたという。 「そうなんだ、そういえば住んでるの池袋って言ってたなあ…」 海が思い出して言うと、蓮はやっぱりと頷いて 「じゃ、絶対間違いないです。池袋の北口にある、バックスペースって店だったんですけど…やっぱりそうか…」 「どうしたの?遼君と蓮君は、前の店で何かあったの?」 あくまで優しい口調で聞いてみる。 「あいつと俺が…ってんじゃなくて、その店…バックスペースがかなりの鬼枕営業の店で…あいつその急先鋒だったんです。」 かなりの秘密を打ち明けるように、重々しく話す蓮の前で海はなあんだ、と気が抜けてしまった。 と、同時に自分もスれたものだと呆れてしまう。 枕とは枕営業、すなわち客と寝る営業の事、そこに鬼とは、専らそれを常に行う事だ。 初めて知った時には驚いてたじろいでしまったものだが、これだけ歌舞伎町にいれば否が応でも耳にする営業スタイル。 ただ、ギルティではご法度である。社長の中庄曰く 「刺されるって」 だそうだ。 因みに中庄はプレイヤー時代から社長になった現在まで枕営業は一切したことがないのが自慢だ。 ……まあ、これには少々事情があるのだが 中庄の過去は色々あるが、その一つに、まだ海と出会う前、客の一人に腹部を刺され、相手は逮捕されたが、その後裁判で彼女の情状酌量を求めた発言をしたという逸話がある。 その他、プレイヤーの時代はなにおかいわんやあったらしく、その経験をもとに、ギルティには中庄が作成した他の店にはまずないルールがいくつかあった。 1、応援してとかいうの禁止、応援はお前がしろ。金もらってんだから働け。金払って応援してくる奴なんか怖えよ。意味わかんねえだろ。そのうち刺されんぞ。 2、枕禁止、見せる夢無くなってんじゃねえか。どうすんだこの後、姫の独占欲ももれなくエスカレート。最後刺されんぞ。 3、姫の支払いキャパ超えた営業禁止。これに伴って一人10万以上の掛禁止。飛ぶだろこんなん、無理な金額払わせたら病んで最後もれなく刺されんぞ。 4、オラ営、泣き営、結婚営、本カノ営禁止。まともな接客出来ねえ奴のやること。本気と勘違いされた挙句こんなん刺されっぞ。いやほんと、マジで。 このギルティルールは、事務所にでかでかとこの文面のまま貼ってあり、実体験をもとにしたリアリティを感じさせ、いずれも見た者は中庄の過去に思いを馳せざるを得ない。 姫も、ホストも病まない事、大金を使わせれば使わせただけ、相手からの要求や異存は高くなり、そのケアをするホストも精神的な負担が多くなった挙句辞めていく。昼職の客を、水商売や風俗に沈めればその速度は加速度的に上がってい行くことになるのだ。 ホストクラブはあくまで余剰金で来るところ。 その額は年齢、職業で様々だが細客、つまり小額会計の客でも大事にすることが一番と常々中庄はいう。 小額でもきちんと接客されるのであれば客は無理をしないし、昼職をやめなければ必ず決まった一定収入があるのでクレジットカードでの支払いも安心できる。 以前、海と二人で飲んだ時も 「ホストクラブはこのままだと裾野が広がりにくいし、客もホストも短命だよ。依存した客は病んで、ホストへの当てつけでバンバンビルから飛び降りる。薄利多売でいいんだよ。その分お客の人数が増えていつも店がにぎわってる方がいい。ホストも無茶して自分で自分の首絞めるような営業じゃなく、お客と従業員の垣根は超えない仕事しないとさ、結局最後は自分が危なくなるんだよ」 そんな理念の中庄のもとだから、自分が10年以上もホストをやってこれたのだと、海は改めて考えていた。 他の店では、経営者の下では到底自分等続かなかったろうと、つくづく考えていたところ「で、なんですけど…」と話しかける蓮の声で我に返される。 あ、ごめんごめん、なんか物思いに耽っちゃった…と慌てて誤魔化した。 蓮はその鬼枕の強要に嫌気がさし、すぐに店をやめたというが、その短期間で見聞きしたこととして 「その鬼枕…避妊しないほうが姫が自分の事は本気なんだって勘違いして喜ぶっていうので…生でやってるやつらがほとんどだったんです」 まあ…それもかなりよく聞く 「ところが、あいつの…池袋では遼介って店名だったんですけど、あいつの姫が少なくても3人は妊娠してて…一人は明らかにもうじき生まれそうな…臨月?だったんです」 それは… 全然聞いた事がない 取り急ぎ、確かな証拠のあるものでもなく、あくまでも見聞きしただけの内容であることから、社長には自分から耳に入れてはおくが、他の従業員には他言しないようその日蓮には口止めをしておいた。 フロアに目をやると、ぽっちゃりした客にべたべたと抱き着く遼の姿が目に入った。 イチャイチャする営業、イチャ営で済むならいいのだが… まだ二日目だが、遼はかなり客にぐいぐい迫る営業で、昨日もSNSで呼んだという姫にいきなりシャンパンを卸させた。 ー結局最後は自分が危なくなるんだよ 中庄の言葉が改めて思い出される しかし…もし本当に遼がそれだけの子供を作ってしまっていたとして…臨月の子供はもう生まれているかもしれない。 「…どうするつもりだったんだろうその子」 思わず呟いたその時、胸ポケットの携帯が震えた。 ラインを見ると、クイックさんこと、杏子から 「お仕事お疲れ様です。今週お邪魔します」 と短く書いてあった。 思わず胸が高鳴っている自分を隠し切れず、にやけていたらしい。 気づくと、伝票を持って来たゆめとがにやにやしていた。
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