新宿区歌舞伎町キャバクラグランナイトのホステス

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新宿区歌舞伎町キャバクラグランナイトのホステス

「ぐーいぐいぐいぐい!よいしょー!!」 このノリはホストだな…。 斜め向かいのソファ席で、盛り上がっている一団の嬌声に一瞬耳を奪われ、桃子は心でため息をつく。 何であいつらって末尾常によいしょー!言うかな~。 乾杯時のみならず、何かエピソードを話した時でも、最後はたいていよいしょー!でしめてくる。 「桃華どしたの?」 「あ、ごめん。ちょっとあっちうるさいな~って…」 桃華こと桃子の指名客、税理士の大谷が桃子の視線の先に目をやる。 「あ~、輩…?じゃないか、ホストだなありゃ」 「何でわかるの?」 「可愛い系、ジャニ系がいるじゃん。輩の団体にあのキャラはいない」 流石ナイトワーク専門税理士事務所に勤めているだけあって鋭い。 大谷とは銀座時代から知り合って6年になるので、40代後半にはなっているだろうが若々しく、身長165センチと小柄だが、筋肉質でさっぱりとした雰囲気は好感の持てる男性だ。 ホストがキャバクラに来るパターンとして、勿論ただ飲みに来る場合もあるが、主には客を掴みにだ。 昨今はSNSでの宣伝が夜の世界での主流だし、効果も高いが、その分他店との競争も激しくなっており、こういった現場での営業も欠かせないという訳だ。 しかし、この場合相手も商売のキャバクラ嬢である。 嵌めるか嵌められるか…それはそれは、激しい攻防が…と思いきや。 桃子の体感としては、ほぼホストの圧勝と言っていいだろう。 先ず、彼らはターゲット、獲物の選定がうまい。 売れっ子のホステスには目もくれず、新人、もしくはランキング下位、かつ自己肯定感が低く、他人への依存度が高く、自分で物事を決めることが苦手、ただメンヘラ気味はなるべく避ける…。 おかげさまで桃子は自身の身内にいい失敗例がいたため、27歳のこれまで、ホストの甘言に乗ることは一切なかった。 親に反発し、18歳から家を出てそこから10年近くずっと水商売に身を置いている。 店も何件か変わったがどこでも常に安定のナンバー入りを果たしていた。 整形で整えた華やかくっきりな顔ではなく、一見水商売には向かないようなあどけない顔立ち。 小さな顔に小ぶりで黒目がちな瞳。 決して濃くなく、しかし自分の魅力を強調させているメイク。 黒く長い髪を柔らかく巻いて、それが白く細い肩にかかっている姿はつまり… あざとい この歌舞伎町でも指折りの有名店、グランナイトにおいても桃子はナンバー4・5の辺りをいつも押さえていた。 それは偏に自分の個性である、いわゆる「癒し系」を貫き通したからだった。 このジャンルは不動にも関わらず、現在の歌舞伎町では絶滅危惧種に等しい減少率であるとも噂されている。 桃子は決して地ではなく、職業としてこの「癒し系」を貫いていたため、必ず一定数の比較的年配の上客が付き、安定のポジションを保っていられたのだ。 「しかし桃ちゃんは上品だなあ。いい意味で歌舞伎町っぽくないよね」 大谷の先輩であるという連れの、50絡みの長崎という客が酒を傾けながらうっとりこちらに目を向ける。 「あ、長崎さんお目が高い。この子もともとは銀座にいたんですよ」 大谷がまんざらでもない顔で答えた。 「それって歌舞伎町にしては齢いってんなって意味でしょ~!」 桃子が軽口で答える。 「あ、ばれたか」 長崎が茶化して場が盛り上がった。 「でも冗談じゃなく銀座の方が客層としては大人でいいんじゃない、何で歌舞伎町に?」 「いや、桃は数々の悪行を働き、銀座を追われ…歌舞伎町に流れ着いたんだよな?」 ちょっと~!ばらさないでよ~! とまた盛り上がる。 「真面目な話、家族が新宿で会社始めまして…その手伝いもあって2年前に歌舞伎町に来たんです」 「そうそう、俺は銀座からの客だけど、なかなかいないよ、ここまで来てくれる酔狂な奴は」 「感謝してます、ほんとにそれでほとんどのお客様は切れてしまって、大変でしたもん」 言いながら大谷の肩に頭をチョンと乗せる。 またまたまんざらでもなさそうだ。 「そうなんだ~、お父さんの会社?」 長崎が聞いた。 「姉なんです」 「長崎さん、この子のお姉さん凄いんですよ。なんと東大卒」 「え~!そうなんだ!なんの会社やってるの?」 「金貸し…おっと、金融です」 目を丸くして、一瞬の沈黙の後の、長崎のへえ~!という声はホスト御一行様の嬌声にかき消されて、桃子には聞こえなかった。
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