新宿区歌舞伎町居酒屋の3姉妹と刑事とホスト2

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新宿区歌舞伎町居酒屋の3姉妹と刑事とホスト2

「やだ、えっ……ちょ、ちょっと待ってよ、じゃあ…」 全員の情報を聞き終わった後、桜子から寿産院事件の話を告げられ、その後長く続いた重苦しい沈黙を、桃子がやぶった。 「その子達って……もらわれて行ったんじゃなくて…あの家に…昔は埋められて…今は焼かれて…でも、その産院は、当時もう無くなったんでしょ?じゃあ…」 桜子が、ゆっくりと口を開く。 「新宿区淀橋産院、文京区長谷川産院、板橋区岩の坂貰い子殺し…当時表立って事件になったものだけでも、同じような話はこれだけあるよ。事件にならなかったものが、あとどれだけあるか…産院じゃなくて、個人でヤミでやってた人間だっていたろうし…」 「やだ…何でそんなに…」 「理由の一つは…やっぱり戦争が大きいよね。大陸からの引き挙げ船って暴行を受けて妊娠してる人も多かったらしいし…占領下のアメリカ兵との子供や、生活のための売春で…当時、女の人が望まない妊娠をする理由なんていくらでもあったろうな……」 「戦争未亡人もだね。戦後187万人もいたらしいの。敗戦後はインフレが酷かったはずだから、農村部じゃない東京じゃ、子供を育てられなくて手放す人が多かったのもうなずけるよ」 桜子の話を継いだ杏子の口調からはいつものどもりが消えている。 「あとは…当時は中絶が法律で禁止されていたからな。…この事件の後に中絶の許される条件が緩和されたってのは皮肉なもんだよ。」 西は以前からこの話を知っていたらしい、桜子が話だした時、「その事件か!」と声を上げていた。 「その自殺してた…実家が火葬場だって人が、気になりますよね。関係ないとは思えない。」 杏子が思案気に聞いた。 すると海も身を乗り出し、カウンターに腕を組み置くと 「でも変ですよね…子供の処理法が逆だ。もし男が関係者であったとして、昔の遺体は骨じゃなくて、灰のはずでしょう。昔が骨で今が灰…それとも、男は事件と関係なかったのか…いや…それは無理があるような…」 「そうなんです、この事件はそういうところが多い。一見つながったように見えて、すぐ辻褄が合わなくなる…こう、靄の中にいるみたいで」 「現代の灰の話だけど…となると、ホストの子供を預けてる女の子たちがいる…って事かな」 みつるは少し前から頭を抱えていた。 「いえ、全然ホストさんだけとは限らないです。例えば」 桜子は先日配信で聞いたルキの話を聞かせる 「結論、その子はたまたま大丈夫だったんですけど、本当に妊娠した子もいると思うんです。こういうやり口って、情報商材じゃないけど、すぐ横に広がっていって、同じ手口で被害者はもっといそうだし…」 「あ、その事件どうなったの?」 「ふふふ……配信外、裏で片付けた。肝心のところは証拠を残さないように全部奴は通話にしてたんだよね」 ふんふん、とみんなが頷く 「ま、簡単な話なんだけど、薬は一回で大丈夫なのか?続けて飲んだ方がいいならまたパパ活してお金を作りたいってラインさせたの。したら、すぐ電話かかって来て…」 あ~、とまたまた頷く 「その会話を録音していっちょあがり。友達もやりたいって子がいるってその子に通話グループ作らせて電話して、カブサクだけど~今の話全部録音してるから、警察持ってくね~って言ったら即ガチャ。女の子にどうしたい?警察行く?って聞いたら行きたくない、怖いしもう忘れたいって…そりゃそうだよね、ゆうて小学生だもん」 「ただ、今後の被害者の事考えると、警察に来てもらいたいんだけど…」 「そうですよねえ…あ、でも、ここ最近トー横にも広場にもそいついないらしいんで」 「ふうん……ホストにしろ、そういう男にしろ、界隈の女の子たちに話を聞くのがよさそうだな」 「いいと思います。彼女たちの口コミは凄いし、絶対知ってる子はいますよ。子供産んでも預かってくれるところがあるとか…」 ただ虚言も多いから気を付けて…そう言いながら、杏子は隣で鼻をすする音に気がついた。 見ると、桃子が真っ赤な顔をして泣いている。 「赤ちゃんたちが……可哀想…」 杏子と桜子がすかさず立ち上がり、頭を抱えて抱きしめた。 桃子は18から水商売をしているから、一見さばけて見えるが、実際は杏子や桜子よりはるかに情にもろい。 「う、産んだ…お母さんだって…子だって…殺されるなんて思って…なくて……どこかで幸せに…いいお父さんとお母さんと暮らしてるんだって…その子たちがこの事知ったら…」 しゃくりあげながら泣く純粋な桃子の熱い体温を感じながら、杏子もこみ上げてくるものを感じた。 「実際寿産院事件の時も、事件が発覚してから預けた母親たちが産院に殺到したっていうしな…」 「捕まえよう…昔の犯人も…今の犯人も……」 流れたマスカラで、目周りを真っ黒にした桃子が、頭を上げ、みんなを見まわす。 「そうだな、明日から聞きこみの対象を……」 その時、北島の携帯が鳴った、あ、生安の奴からだ、ほんとに呼び出しかも、すいません、と外に出る。 「桃ちゃん、先輩たちがきっと捕まえてくれるからね。私たちも何か情報あったら…」 「西さん」 北島がこわばった顔つきで、急いで入って来た。 全員の視線が北島に注がれる 「二丁目のラブホテルで殺人です。少女3名、うち1名が出産した形跡が……」 全て聞き終わる前に椅子を蹴るようにして、西は店を飛び出していた。
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