新宿区西新宿新宿署の刑事3

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新宿区西新宿新宿署の刑事3

「…ホストにパパ活女子にナイジェリアマフィア…」 新宿署内に設けられた捜査本部で、昨日発覚、認知された二つの殺人。 現時点での調査報告を聞いた部長以下、管理管達からは、思わず深いため息が出た。 会議室内には、それと呼応するような唸り声や囁き声が、静かに充満する。 捜査員達の反応もそのはずで、このジャンルのメンツは、いずれも警察においそれと自分たちのコミュニティの話をしたがらない。 更には今回はうまくない事に、いずれも関係の想定、疑いのみ。何の証拠もない状態で、勿論任意で事情を聴くこともできるだろうが、逮捕拘留できる理由もないことから、逆に関係者である場合、逃亡しかねないという危険性もある。 「…北新宿の方は、どうだって?」 部長に促され、最前列の右端に座っていた東谷が立ち上がって全体を向いて説明を始めた。 「被害者は元木 保(82) 本籍は中野区野方…妻は既に死亡。子供は無く現場の家に一人で暮らしていたようです。」 「死亡推定時刻は?」 「一昨日の深夜と見られますが、ここ数日の暑さのせいで正確な時刻は司法解剖後との事です。死因は撲殺。玄関にあったガラス製花瓶で複数回頭部を殴打されており、犯行は男性、女性、どちらでも可能との見立てです」 西は東谷の報告を聞きながら、先日の聞き込みで元木老人の狼狽ぶりを思いだしていた。 被害者の自宅にあったもので殺害したという事は、衝動的な犯行とも考えられるが、家の内部を知っており、凶器を持ち帰れなかったため、計画的に使った可能性も捨てきれない。 「東谷さあ、お前、何でガイ者の家に行ったって?」 しまった、それは確かにそうだ! 部長に聞かれ、一瞬ひるんだ東谷に、前で部長と並んでこちら向きに座っていた西からの援護が入る。 「自分が頼みました、事件の概要を知っているとみられた少女たちが殺されたとなると、前回聞き込みの際、やはり何か知っていたとみられたガイ者の様子が気になりまして」 そうか、と納得して部長が頷く。 その後、いくつか捜査員達から質問、確認事項のやり取りが終わると、会議に終了の雰囲気が漂い出した。 「目下、当該被害者少女3名の身元の割り出し、もう一人いると思われる少女の保護を優先。北新宿の現場周辺の聞き込みを徹底、周辺監視カメラを確認して不審者を割り出せ。以上、散会!」 会議が終わると、ばらばらと出てゆく者達もいる中、西達は組織対策課の木島警部補、生活安全課の伊藤警部補とともに、会議室に残っていた。 「お疲れ様です」 「お疲れ様です」 立ちながら、取り急ぎの挨拶をかわし、早々に本題に入る。 「会議でもお話ししましたが、生安、少年部でもこの被害者を見知ったものはいませんでした。西警部の見立てが正しかった場合、街の少女達に聞き込んでも口を割るかどうか…ということですよね」 優し気な面持ちながらも、大柄な体躯が頼もしさを感じさせる伊藤がまいったなという風に腰に手を当てて全員を見回す。 「そうですね、まあ、実は…自分のと言いますか…」 相変らず、階級は自分が上でも年齢、キャリアが上の人間には敬語を通しながら、杏子達の存在を無視して話を進める限界を感じていた西は、やや口ごもった。 すると、察したのか二人は既に杏子達のことを聞き及んでいた様子で 「実はなんですが…警部が現場を見せた…少女から連絡のあったユーチューバー…カブサク?でしたっけ」 「あ、はい…申し訳ない、勝手に」 「あ、いえいえ、ただ、恐らく今後もそのカブサクに連絡して来る可能性は…」 「あるでしょうね。ああいうユーチューバーは現代の駆け込み寺ですから。僕たちが思っている以上に、親や友達に言えない事も、いや、だからこそ相談してくるようです」 それを聞いて、伊藤は木島と視線をかわして頷き合った。 「実は…既に朝から何人か課員を聞き込みにやってるんですが、案の定と言いますか…皆口をつぐんでだんまりなんだそうで…昨日の事件が、街の人間に回るのなんてアッという間ですよね…ほんと」 知らない子も勿論いるだろうが、噂程度でも知っていそうな子も怯えた様子で何も言わないのだという。 少年少女は元来口が軽い生き物だ、本来事件の噂等自分が一番詳しいかのように話したがるものだが、今回の殺人の凶暴性、猟奇性は、そんな彼らを怯えさせるのに十分過ぎる威力があったと見える。 「そうですか…ヤな予感が当たったというか…実は、カブサクの姉がたまたま大学の後輩で、実は昨日立ち会ってまして…そいつもこの町で働いてるもんだから、見せしめだの、ナイジェリア人だのは実はそいつの思い付きだったんです」 ほう、では東大の、と二人は一般人を犯行現場に入れたことを諫めるでもなく、感心したような風情だ。 入ってよかった東大 西は心で独りごちた 「そいつ歌舞伎町で個人で貸金やってるんですが、その関係で人脈も雑多でして…あ、いやいや、闇金とかそんなんじゃないですよ。ただ、外国人との付き合いも多少はあったらしくて、その辺から推察したみたいなんですよ」 ほうほう、と聞いていたがそこで木島が、やや申し訳なさげに口を開いた。 「実はおっしゃる通り、自分も防犯カメラを見る限り、アフリカ系の体格とは思うのですが、正直もう少し情報が無いと、うかつに警察として動かない方が得策かもしれないと考えておりまして…奴さんらのネットワークは想像より遥かに素早い。だれかを当たって、犯人に繋がる人物だった場合、潜られかねなくてですね…」 「ですよね…それは生安もという事ですかね」 「こちらは動いても成果なし…という事ですが、私達があたっても言わないだろうなと。実は、先日からの嬰児の親探しもまだ結果が出ない状態でして…ここから更に聞き込みを増やすというのが…」 西は一般企業での就労経験は無かったが、これは企業などでいうところの、仕事の押し付け合いをさせられているのでは…と思い至った。 が、今回確かに生安や組対が引っ込んでいてくれていた方が、動きやすそうだと考え 「では、確たる証拠やら見つかるまでは、カブサクはじめ、私の関係者が捜査協力に関わることには」 助かる、異論無し、という風に二人が頷く。 いいんかーーい と一人ツッコミを心で入れていたその時、携帯が鳴った。 見ると、昨日番号を交換した桜子からだ。 「西さんすいません!電話来ました!あの子からです!」 桜子の興奮した声が聞こえたのだろう、伊藤と木島が驚きの表情で西を見ている。 西は自身のはやる気持ちを抑えて、桜子の話を促した。
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