新宿区歌舞伎町2丁目ビジネスホテルの少女と配信者と貸金業者と刑事

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新宿区歌舞伎町2丁目ビジネスホテルの少女と配信者と貸金業者と刑事

「歌舞伎は去年の12月に初めて来て…」 歌舞伎町内では名物タワーとなっているホテルチェーンの一室で、小枝のようにか細く小柄な少女は話し出した。 黒地にレースの縁取りのある地雷系ファッションのワンピースの肩は、部屋に入ってきた時からずっと小刻みに震えている。 青白いその顔は夕べ、窓の外の群衆の中に確かにいた。 ベッドの端に腰かけたていた桜子は、身を乗り出して椅子に座って向かい合う少女の肩に優しく手を置くと 「もう大丈夫だからね」 と言って一緒に3回深呼吸した。 このホテルでは広めの15畳ほどの部屋には桜子、生活安全課の30代半ばの女性刑事、マオと名乗った少女の3人がいる。 マオから電話があり、話がしたいとの申し出に、警察に一任するべきかと思ったが、西から 「この子はもともとカブサクに相談して来たんだし、君だから話そうと思って連絡して来たんだと思う。こういう子は経てして大人を信用してないし、カブサクが来るはずの現場に警察来てたらそれだけで態度を硬化させかねない」 と言われ、それではと、場所をホテルにし、柔和な雰囲気の女性警察官に後ろで記録係として同席してもらい、別室で杏子と西がモニタリングしながら、桜子に装着させたイヤホンから質問などあったら指示を出す、という手はずになっていた。 「そしたらすぐホストのキャッチの人に声掛けられて…今は17だけど、その時16だから…って言ったらなんか紙…渡されて20って嘘の齢と拇印させられて…」 うん、まあ16も17も変わらず未成年だけどね。 いつもの配信ならそう言って突っ込むところだが、今は黙って聞き役に徹する。 「それ見せたら店に入れて…最後までいて、担当とはその日のうちに枕…エッチして、そこから通うようになって」 そこまで話すと気まずそうに、上目遣いに桜子の後ろで、窓に背を向けてパソコンを操る女性警察官をちらりと覗き見た。 「お金…すぐ無くなっちゃって…丁度親とも前からもめてて…だから家出て…パパ活始めて…そこで…春にみんなと知り合って…」 最初は一人でTwitter等で客を取っていたがある日、Twitterで、良かったら会いませんか?と3人組の少女からメッセージが来た。 3人は、太目の少女が美紀といって最年長の19歳。背の高かった亜弥が17歳、そして細身で小柄なリサが15歳。 年長の美紀に、一人でウリやってるなら仲間にならないかと持ち掛けられ、二つ返事で3人が同居していた例のホテルに転がり込んだ。 何のバックもなく、少女が個人でやっているとなると、支払いを逃げられたり、レイプされ、挙句の果てに盗撮までされていた等、巻き込まれるトラブルは推挙にいとまがない。 ので、必ずホテルに入ったら、うちのバックさんに電話一本入れるね。等と言って、電話を受け合うシステムを作って活動していたのだという。 4人は同じような境遇、かつ現在ホストに貢ぐ為に絶賛パパ活中とのことで、打ち解けるのはあっという間だった。 毎日寝る間を惜しんで自分の担当がいかにかっこいいかを競い合った。皆、誰が一番最初に100万越えのタワーをやるかを目標に頑張っていた。 本当に毎日楽しかった……と時折目に涙を滲ませながら、でも全て話し終わるまでは決して泣かないと決めたように、マオは気丈に話し続ける。 「その時、もう…リサちゃんだっけ、妊娠してたって事だよね?まさかリサちゃんも、その状態でウリやってたの?」 「最初のころは、妊娠しないから却って安心だって…お腹が大きくなり始めてからは、その…それを売りにして…マニアなおじさんとか…いて」 「そっか…まだ15で…そっか」 桜子は言いながら、腸がまさに煮えくりかえる様だった。 どうやら経済大国日本の立派な大人の男性は、明らかに未成年の妊婦を保護通報するどころか、お楽しみの道具として愛玩するらしい。 リサがお産で亡くなったのも、そういった無理がたたった一面も否定できそうに無かった。 「子供の父親の…ホストだけど……たぶん最初っから結婚するつもりなんか無かったと思うんだけど…何ですぐ堕ろさせなかったの?」 「…わかんないけど…たぶん、リサの事ぎりぎりまで引っ張ろうとしてたんじゃないかな…結婚できないとか堕ろせって言ったら、担当切られちゃうとか…」 後先考えない、正に下衆の極みの発想だ。 最早ため息すら出ない。 その時、イヤホンから杏子の声が聞こえた。 「どこの、何て店のホストか聞いて」 「そのホストって、歌舞伎町?」 マオは大きく被りを振って否定する。 「池袋の…確か…」 「バックスペース?」 「あ、そう!そこ!リサは歌舞伎から通ってて…もともと池袋でホスト行って、稼ぎたくなったんだけど、遊ぶのと同じ街だとな…ってなったみたいで」 「会った事は無い?」 「電話で声聞いたことあるだけで…名前もぴとか、パパたんっていつも言ってて…それか担当」 ぴとは彼ぴっぴを短縮したまあ、彼氏という意味の若者言葉だ。 「カブサクさんに電話した時言いかけたのは…実は、ホストとか、他にも産んで育てられない子供を、預かってくれる施設の噂みたいなのが歌舞伎には前からあって…なんか、あの家で赤ちゃんの灰とか骨が出たって聞いて、もしかしてそれがあの家で、実は赤ちゃんたちはもらわれて行くんじゃなくて、殺されて焼かれたんじゃ…って思って…怖くなって、パパ活で使うプリペイドの携帯でかけたんです」 「あの日、赤ちゃんが生まれた日は、どこにいたの?」 「大阪から来るパパがいるんですけど…その人と泊まってて…帰ったらもうホテルに人だかりができてて…ネットニュース見たら…すごく酷い殺され方してるって聞いて怖くなって…」 そこで、ついに堰を切ったように泣き出した。 「私、自分の事ばっかりですね…ごめんなさい」 どこかで聞いたことのある言葉だと思い、ああ、杏子が自分たちに謝った時に言っていたと思い出した。 桜子はそっと抱きしめると、話ができるようになるまで黙って背中を撫で続ける。 全身でしゃくりあげながら伝わって来る熱い吐息と体温まであの時の杏子と同じで、懐かしかった。 冷静にと話を聞きながらも、ところどころ湧いてきた怒りの感情を、マオの涙で流すイメージを浮かべながら、桜子はそっと目を閉じていた。
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