新宿区歌舞伎町2丁目ビジネスホテルの少女と配信者と貸金業者と刑事2

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新宿区歌舞伎町2丁目ビジネスホテルの少女と配信者と貸金業者と刑事2

「……何で、こういう子って子供産みたがるんだろうなあ。育てられないのわかるだろうに…」 西はインカムを外すと、静かに呟く。 あれから暫くして、落ち着きを取り戻したマオに、女性刑事が殺された3人の身元が分かる情報を尋ねられ、携帯に登録していた電話番号やSNS情報を提供すると共に、彼女達から聞いた家庭環境を話した。 最年長の美紀は、地方都市の弁護士の両親のもとで何不自由なく育ったが、物心付いた頃から両親は不仲で家族で食事や会話をした記憶はほぼなく、寂しさから過食に走り、そのうちホストにはまったという。 亜弥はシングルマザーの母親が薬物中毒で、ある日薬と引き換えに自分の処女を売人に売ろうとしている会話を聞いてしまい、家を飛び出した。街で歌舞伎町で声をかけられたホストに夢中になり、そのまま通うようになった。 リサは水商売の母親と同棲中の男に13になった時に暴行されかけ、その事を母親に訴えると、あんたが色目をあの人に使っていたことは前から気づいていた、と叱責され、逃げるように夜の街に出るようになった頃、池袋で当該ホストに出会ったらしいが、そもそもはSNSで普通に男女として知り合い、暫くしてからホストと告げてきたのだという。ので、リサにしてみると、彼氏がたまたまホストだったという感覚でいたらしい。 「育てですね」 聞いていた杏子が西に言った。 「育て?なんだそれ」 「主にマッチングサイトを使って、女の子と知り合って、自分にはまらせてからホストって打ち明けて店に通わせる営業方法です。女の子はこのリサちゃんみたいに自分の彼氏がたまたまホストだった…っていう感覚を持ち続けていますね」 リサは、子供が出来たとわかった時、とても嬉しかった、私がこの子を守るんだと思ったとマオ達に話していたという。 それを聞いての先の西の言葉だ。 「親の愛情を受けなかった子供って…自分が愛するつもりで、実は無償の愛を受けたくて、つまり自分の子供から無条件に愛される事を期待して産むんですよ」 「ああ…」 「子供からの愛は無償なんかじゃない…自分が与え続けることによって、子供にも芽生えて来るものなのに。当てが外れた女の子は、平気で施設に子供を預けてまた浅い避妊知識で妊娠する…私の債務者で最高4人施設に預けた子知ってますよ」 「まいったな、そりゃ」 「自分が傷ついていたら察して笑いかけてくれる、いつも寄り添ってくれる、何も言わなくても自分の事をわかってくれる…親にも交際相手からも得られなかった絶対の関係は、自分の子供とならきっと生まれるんだ…そんな幻想を描いて…」 「……」 気づくと、マオが自分の家庭の話をしていた。 マオは東京郊外で母と、その再婚相手と、更にその二人の間にできた弟と暮らしていたが、両親はことあるごとに弟ばかりをかわいがり、自分をないがしろにしたという。母は、マオの父親とかなり揉めて離婚したようで、父親似のマオの顔を見ると不愉快だと言ってきたという。 「…俺さ」 話しかけられて、杏子が画面からちらりと視線を西に移した。 「小6の時、塾の講師にいたずらされてたんだよ」 「……」 「うちはその土地じゃ誰でも知ってる、いわゆる旧家でさ。なんかご先祖が明治政府で偉かったってやつで。中学もそれなりのとこ受けろって事で、6年から個別指導の、評判いいって口コミの塾に親が入れたんだけどさ…」 「……」 「そこで俺の担当だった、40近くの女講師が…最初は、学校で好きな子いるの?とか、体の変化の話とかして来て…」 「……」 「親に、塾やめたいって言っても、理由言える訳ねえんだよ。みっともねえし、情けねえし、恥ずかしくて、怖い。レイプ被害者の心理そのまんま 。それにプラス、無力感……あと、これを知ったら親が悲しむって思ったな」 「……」 「ところが、その時の担任が気づいてくれた。俺の様子がおかしいって思って、放課後教室で聞かれたんだ。俺は泣きながら全部話した。先生はすぐに俺と親と一緒に警察に行ってくれて、その女は逮捕されたよ。俺以外にも被害者がいて、更にそいつもともと小学校の教員で、生徒へのわいせつ行為で懲戒免職になってた筋金入りのくされ変態だった」 「……」 「おかげで俺はあれ以来、女、特に女っぽさ出してるような女が怖くなっちまってるんだよ。とはいえ、俺は先生のおかげで助かった。先生に言われたよ、『打ち明けてくれてありがとう、話すのは勇気がいったろうに。君のおかげで私が救われたんだ。なぜなら、ここで君を助けられていなかったら、その時点で私は教師失格だった』ってな」 「……」 「人間、子供時代に一人だけでもまっとうに尊敬できる大人に出会えているだけで、人生変わるって俺は思うよ……俺だって、あのまま被害が続いていたら、どうなっていたか…。この子達の傍にそんな大人が一瞬でもいてくれたら……」 「……」 「おい」 「はい」 「何さっきから黙ってんだよ」 「…すいません、ちょっと、先輩がべらべら喋ってるから、彼女の話聞こえないんですけど…」 「はあああああ?!!!!なんだてめえええ!!」 話すんじゃなかったとぶつぶつ言う西に、画面を見たまま杏子は 「…先輩はもう大丈夫ですよ。女性怖いなんて言ってたら、ファンの皆ががっかりしますよ」 言って西を見る 「ファンなんかどこにいるっつうんだよ」 「ここに」 「お前が?ファン?俺の?」 「そうですよ。出会った頃からみんなと一緒で、私も先輩のファンですよ。憧れの人ですよ」 それが男女の感情ではないことは、杏子の口調や様子から分かっていたが、西の口元は自然とほころんでいた。
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