新宿区歌舞伎町ホストクラブギルティの元刑事ホスト2

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新宿区歌舞伎町ホストクラブギルティの元刑事ホスト2

「どうしたのその顔!」 店舗上階の事務所に入って来た海の顔は、頬から喉にかけて鋭い爪跡が残されており、薄くではあるが、血が滲んでいる。 更に先月買ったばかりのトムフォードのワイシャツは胸元が引き裂かれ、ワインのシミが薄紅のシミとなって、トホホ顔の海の疲労感を更に強調していた。 「ジャケット脱いでて良かった…100万のスーツなんだから….佐助君のエースの泡姫が、ホスラブで佐助君が風俗通ってるって投稿見て、暴れに暴れて…仲裁に入ったらこれですよ」 エースとは、そのホストの客の中で最も金を落とす姫の事である。泡姫とはすなわち風俗嬢だ。 「うちの貴重な天然イケメンの顔に…それでどしたの?警察呼んだ?」 みつるは言いながら、内容の大半を頭痛薬とヘパリーゼと、ウコンが占める救急箱から消毒液とガーゼを取り出すと、海の傷口に丁寧に当てていった。海が顔をしかめる。 「呼ばないよ…何とか宥めて帰ってもらった。なんかそれだけ暴れたのも、そもそも佐助君結婚営業その子にかけてたらしくて…泡姫始めたのもそのせいだっていうんだよ…自分が体張って貢いだ金で結婚貯金どころか風俗行ってたとなりゃあそりゃ許せなくもなるでしょ…」 「俺があれほどくだらねえ営業すんなつってんのになあ…。まあ、その子は今後出禁にして。店の中どう?荒れてる?」 「いや、大丈夫。グラスとか割れたけどほぼ俺と佐助君の人的被害…って、さあ!みつる君下の騒ぎ絶対聞こえてたよね?!」 はにゃ?という顔で答えたみつるに、全く…まあ、こういう事にいちいち社長を出さないためのNPだと、諦めてシャツを脱ぐ。 「シャツは俺が弁償するよ。今度出勤前伊勢丹行こ」 「やった。それもトムフォード期のグッチで、7万したんだよ…ありがとう、報われます」 いくつか予備で店が用意している量販店のシャツに着替えると 「やっぱりぺらいなあ…杏子ちゃん達もうすぐ来るのに…」 と嘆いた。 「海ちゃんは何着てもかっこいいよ、もとが違うんだから」 「いやあ…」 昨日、杏子からの連絡で、行方の分からなかった少女が見つかり、犯人と思われるホストの声がわかるという。 ならばと今日、遼の店内での声をヒアリングさせようという事になった。 事務所内で防犯カメラ越しにと思ったが、やはり生で聞いた方が確実だろうという事で、到着したら厨房から聞かせる手はずになっている。 ここ数日、遼を観察していたが、普段と変わりなく、やはりこなれたイチャ営で、ぴえんちゃんを中心に客の心を掴んでいた。 この事件が発生し、遼に疑いの目を向けるようになってから、海は自分を含めホストの一生というものを考えることが多くなったように思う。 「みつる君は前から言ってるけど、40になったら自分の姫たちにカミングアウトして完全に現場引っ込むんだよね」 「オーナーが俺に旭グループ譲るって言ってるからね。3店舗。そしたら海ちゃんはギルティ宜しくね」 「今更だけどさ、みつる君何でゲイなのにホストになろうと思ったの?」 「…えっ?言ってなかったっけ」 「いやあ…深い事情があるかと、長年聞きそびれてた」 「ないないそんなもん!いや、俺そもそもバイでね、18の時確認したくて2丁目来て、あ、こりゃ間違いないと。ゲイバーで働こうかとも思ったんだけど、この町ってホストの方が稼げるからさ。それで、ってだけ」 「なあんだ、ほんとに普通だった。最初っから色営しない方針だったの?」 「…いや、初めて働いた店ではバリバリ色恋鬼枕」 「えっ?!そうなの?あんなに皆に止めろって言っといて?」 「その結果、ツケを払った」 「?」 「22の時、店では圧倒的ナンバーワンで、雑誌にもテレビなんかにもちょくちょく取り上げてもらって、完全に調子にのってたんだよ。女の子は嘘でも彼女扱いして寝て黙らせてた。ある日同棲してた彼氏が、その中の一人に殺されたんだ」 「えっ…」 「その頃ってさ、地雷系とかジャンルがなかったから、今みたいにやばい子が見た目ですぐはわかんなかったんだよ。ただ、その子は俺と出会って風俗初めて、リスカ繰り返してたらしい。おれ、一回もそのリスカの跡に気づかなかったんだよ。…なかなか最低だよな」 「……」 「精神的にぎりぎりになってて、そんな時俺と彼氏がいちゃつきながら歩いてるの見ちゃったんだって。そこでプッツンしちゃったらしくてさ。次の日、マンションを出たところを刺された…病院に運ばれたけど助からなかったよ。…でもさ、全部俺のなんだから、誰も責められないよなあ」 「…みつる君…」 「ホストってなんだ?俺は何をやってたんだ?何がしたかったんだ?俺は何も考えずに勢い任せでやってきてた。だからそのツケを払う羽目になったんだよ。女に期待させて、応援させて?相手も馬鹿じゃない。その見返りは当然期待して店に来てる。私は違う、見返りなんか…って言ってくる子もいるけどさ、でもそんなの自分を誤魔化してるだでしょ。要求して断られることが怖いからさ。でも、そうやって自分を誤魔化して行くから病んで飛び降りるんだよ」 海は、この街ではよく聞く、ホストとのいざこざが原因で自殺する客の事を思い出して、思わずぞっとした。 よくみつるとも、どこどこのナンバーワンのエース、こないだ飛び降りたってね、などと話していたが、まさかみつるにそんな過去があったとは…と思い返す。 「1年、ホスト辞めて、引きこもりながら考えたのは、俺と同じ思いを誰にもさせたくないって事。俺の理念はホストは接客業。姫を褒めて、悩みを聞いて、甘えさせて、楽しませる。それに徹すれば色恋なんかいらねえはずだって。現に俺は、それで復帰してから過去グループ最高額を叩きだしてる」 「…そうだよね、俺が始めたころから、みつる君はずっとそう言ってた」 「まあ、現実は俺が思ってるより姫犠牲文化が根付いてるからな…結局今日の佐助みたいに一人一人のホストの営業方法に気づけない時もあるけど…でも、俺がオーナーになったら全店そこに梃は入れていくつもりだから」 「うん、俺も協力するよ」 「辞めないでね」 「…え、あ、う、うん…」 ほんと、これは当面辞められそうにないなあ…と思いながら、みつるの熱い志を聞いて、俺のホストの一生はここに骨をうずめるのか…頃合いをみて、いずれ田舎に帰ってカフェでもやろうと漠然と考えていたが…歌舞伎町で一生を終える、それも悪くない。 その時ふと、みつるのデスクに出ている書類に気が付いた。 「あれ、みつる君…これ」 面接後、遼に書かせた採寸表だった。 「あ、海ちゃんが言ってた足のサイズ、気になってさっき出して見てたんだよ」 「うん…あ、やっぱり26だよね…」 「まあ、靴のサイズでしょ?例えば足が着かないように、とか捜査のかく乱を狙って…?とかでわざと大きなサイズを履いてたのかもよ」 「そうかなあ…なんか全体的に、慌ててた雰囲気だったのに…そんなこと気を使ってたのかなあ…あと、26の人間が28の靴を履いたとしたら、結構ぶかぶかでしょ?映像見る限り、かなりてきぱき動けてた気がして…」 「ああ…確かに」 さすが元刑事は鋭い…とみつるが感心する。 その時、ズボンのポケットで海の携帯が振動した。 杏子から、店の裏にいるとの連絡だった。
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