新宿区歌舞伎町ホストクラブのホストと刑事と配信者と少女と貸金業者

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新宿区歌舞伎町ホストクラブのホストと刑事と配信者と少女と貸金業者

「どうぞどうぞ、狭いけど…あ、何か飲む?って、シャンパンはダメだよ~」 みつるは緊張この上ない面持ちのマオに、そういっておどける。 あ、有難うございます…大丈夫です。と、マオが答えると、全員のさっきまでの緊張感がはらりとほぐれた。流石プロだなあと、杏子が小さく呟く。 裏口から全員一旦事務所に入り、頃合いを見て階下の厨房から聞いたらどうかと海と西で話し合った。 「無駄だと思うけど、カメラからも確認してみますか?一応音も拾えてますから…」 海はそう言って、小さなモニターを出してきた。 最初は4分割された画面が、ボタンで切り替わってゆく。 カメラ1はキャッシャーを含めた出入口なので飛ばし、カメラ2でフロアが映った時、ふいに遼の席が映ったが、マオの先入観をなくすため、海もみつるも反応しないように努めた。 「…やっぱりうまく聞こえませんね」 遼を含め、ホストはみな客と隣接して話している為、音量を上げても声がうまく拾えていない、時折客の笑い声が入る程度だ。 カメラ3にしても同じ、4で全体を引いてとらえた映像にした時、運悪くシャンパンコールが始まった。 しかも全員コールと呼ばれる、店内のホスト全員が集合して行われるコールで、もはや声など区別はつかない。 「え、何ですかこれ」 北島が面食らったように画面に食いつく。 「シャンコ…シャンパンコールです。一定金額の高級シャンパンが入ると、全員で集まってマイクパフォーマンスをやるんですよ」 海は北島に説明しながら、画面をややアップにするが、音は完全にホスト達の嬌声に紛れて個々の判別は不可能だ。 「なんとお!」 「なんとお!!!」 「素敵なあ!」 「すってぇきなあ!!!」 「あ、姫からあ!」 「あ、姫からあ!!!!!」 手の振りとともに、マイクの後に全員でコールを繰り返してゆく。 「うるっせえなあ!誰だこのマイク!凪かあの野郎!」 「…こらこら、みつる君、凪君仕事してるだけでしょ」 「グワングワンに声割れてんじゃねえか」 「…だから、コールってそういうもんでしょ」 言い合うみつると海の後ろで、杏子がボソッと 「…やっぱりいいなあシャンコ…」と呟いたのを、桜子が聞きとがめ、こらっつ!と諫める。 杏子はまさにいたずらが見つかった子供のような顔でへへ嘘嘘、と笑った。 「…と、いう訳ですので、やっぱり直に聞いてもらいましょう。厨房はフロア通らないで入れますし、基本キャストが入って来ることはありませんから…」 「色々すみません、お二人のご協力、感謝します」 改まって西は、みつると海に礼をした。 「そんな、こちらこそ、不確かな情報なのに刑事さんに来てもらっちゃって…あの、もしこれでうちの従業員で無かった場合…その可能性もある訳で…」 「いやいや、そんなことお気になさらずに、情報のあてが外れるなんていつもの事ですから」 みつるの心配にからっと答えた西は、なあ、と北島に声をかける。 北島も「ほんとそうです、気にしないで」と返した。 「でもそしたら…」 「振り出しに戻りますよ。何度でも。俺たちの仕事はその繰り返しです。時間がかかっても、思い込みの捜査で冤罪が出来る事の方が一番怖い。真実…というか、事実に突き当たるまで、何度でも立ち戻ります。…でも、ご心配有難うございます」 ……うん…これはまずい! 海は、恐る恐るみつるの表情を盗み見た。目が…瞳が完全に潤んでいる。恋する乙女のそれである。 …西さん、だめです!そんなのかっこよすぎます!みつる君ぞっこんになっちゃうじゃないですか! 海は、言えない感情に内心煩悶していた。 みつるがゲイ寄りのバイであることを海につげたのは知り合って1年が過ぎた頃であった。 「何か、海ちゃんはそういうの言っても大丈夫そうに見えた」 との事であったが、田舎から警察官になった海はそういった人種に出会うのもはじめてで、確かに偏見も何も無かったため、聞いた時の感想は「あ、そうなんだ~へ~」であった。 聞いて唯一心配だったのが、自分に興味がもしあったら…という事だったが、海のようなたれ目アンニュイ優男は全くタイプにあらず、黒髪前髪顔に掛かり気味意地悪でも付き合うと溺愛系がいいという事で、今日まで問題なく友達兼従業員関係が続けられている。 しかし、ひとたび恋愛モードにみつるが入ってしまうと面倒見るのは自分であることも認識している為、何とか盛り上がりを下げたいところで…とあれこれ事件に関係ないことに気をやっていると、あの…とふいに杏子に話しかけられた。 「海さん、あ、あの…か、顔に…傷が」 「ああ、これ?何でもないの、ちょっと姫が怒っちゃってね…あ、俺のじゃないよ、佐助君のね」 すっかり忘れていた傷に触れると、もう血は固まっている。 「うう…わ、私がいれば…絶対盾になったのに…」 杏子ちゃん…海は自分が恋愛モードに入ったのを感じた。 「あの…杏子ちゃん!この事件が…片付いたら、どっかごはんでも行かない?」 「えっ…」 初めは目を丸くしていた杏子であったが、途端に満面の笑みになると 「同伴ですね?!!」 と、大喜びで答えた。 えっ…ち、ちが…同伴?海が訂正する隙も与えず、杏子は手帳を開くと 「い、いつにします?あ、じ、事件終わってからか…あはは、あ、わ、私予約しますね、こ、こう見えていいお店、結構知ってるんです!風俗とかキャバクラ会社の社長さんの会合とかよく呼ばれるんですけど…おじさんたち、会合の後ごはん色々連れてってくださって…えーと、えーと…どこがいいかな…」 「おーい、行くぞ」 いつの間にか、気づくとみんなはもう事務所を出て階下に向かっていた。 呼んだ西に、杏子は喜び勇んで駆け寄ると「せ…先輩!聞いて下さい!つ…ついに海さんと初めての同伴が決まりました!」と報告している。 おー、そりゃよかったなあ、きょどって迷惑かけんなよお前、等と西に返されても、全く意に介していない様子で浮かれる杏子の背中を、海は呆然と見送った。 間もなく、階下の厨房には杏子、桜子、西、北島、みつる、海、マオの7人が集まったが、以前は居酒屋だったという厨房は広く、大人含めた7人でも余裕があった。 「あれ、今日は桃子ちゃんは?あ、仕事か」 「…桃ちゃんにはちょっと別の事お願いしてて…」 「なんだよ、教えろよ」 「えーっと…警察には今言えない感じの事です」 「はあー?お前何勝手に…」 「二人とも、うるさいよ!」 桜子に叱られて、西と杏子は仲良く二人でしゅんとなった。 同じフロアの厨房に来ると、確かに声は鮮明になったが、幾人もの会話が重なって、個々の判別は相変らず不可能に近い。 「…だめだね、あのさ、これから俺が個別で一人一人キャッシャーの前に呼び出すから、声聞いて、いたら教えてくれるかな」 「わ…わかりました」 マオが怯えながらも、意を決したようにうな頷く。 キャッシャーは厨房のまさに目の前の為、ここからの会話なら確実に聞こえるだろう。 みつるはキャッシャーの誠に一言告げると、誠が一人目のホストを連れてきた。 マオは、厨房を区切るカーテンの傍で耳を澄ませ、誰が来たかは防犯カメラの映像で全員が厨房からモニターで確認できている。 「お疲れ様です、代表…あ、何か…」 「おっ疲れ!あのね、最近どうかな…って…え~と、何となく」 雑談へたくそか 海は思いのほかぎこちないみつるの様子にため息が出たが、相手のホストの方が突然代表に呼ばれたことから緊張している様子がわかると、こんな有様でも何とか乗り切れそうに感じる。 「どう?」桜子が小声でマオに聞いた。 「…違います」 その後二人目三人目…と入って来たが、マオは 「…全然違います」 「違います」 「違う、絶対こんな声じゃなかった」 と首を横に振るばかりだった。 そして6人目、遼が入って気た時画面を見つめる海は思わず拳を握った。 「あ、お疲れ~!」 「お疲れ様です!えっ、代表、俺何か…」 「違います」 「えっ?!」 思わず声を上げてしまった海は、しまった、と顔をしかめる。 「…海さん、もしかして…」 西に問われ、仕方なくうなずく。 「…今の子だったんです。…噂のは…」 「え…え、そんな…え…で、でも違います…あ、あんな声じゃない、あんな高い声じゃなくて…でも、でもあの人なんですか…?え…わた…私」 「大丈夫だから、落ち着いて」 桜子が肩を抱く。マオは小刻みに震えて泣き出し、混乱しているのは明らかだった。 こうなっては、この後の検証は無理かもしれない。 自分のせいで証人の記憶に自信を失わせてしまった事に、海は痛恨の極みを味わっていた。全く俺は…とことん刑事なんか向いてなかったって証明してるな…と唇を噛んだその時 「…この声」 瞬間、全員がマオを見ると、まるで雷に撃たれたように目を見開いている。 フロアでは、本日2回目のシャンパンコールが始まり、マイクパフォーマンスの声が厨房まで大きく響いてきた その瞬間の事 「…この人です…」 「よく聞いてね、本当に間違いない?」 「…はい、刑事さん…この人です…この声の人…つ、捕まえて…」 唇と全身を震わせ、大粒の涙をぼろぼろと落としてマオは仲間たちの仇の男をか細い声で、必死に訴える。 海は画面に映る男を見ながら、そうか、そういう事か…と納得と驚きを隠せない。 その時、杏子はマオを支えている桜子が、見えるはずのないカーテンの向こう側を凝視しているのに気が付いた。 「…桜ちゃん?」 「…私も知ってる」 今度は全員が、マオから桜子を見る 「この声、知ってる」 「えっ?!」 言うが早いか、桜子はモニターを奪うように見ると、その男は事件の日、野次馬の中にもいた。 「…初めまして…。へえ…こんな顔してるんだね…」 桜子は指でピストルを作ると、画面に向かってバン、と打つ真似をする。 それはネット配信者カブサクが、相談を解決した時にやる仕草だった。
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