202人が本棚に入れています
本棚に追加
新宿区北新宿の刑事
「西さん、出ました」
後輩刑事の三郎こと、北島が車の後部座席の窓を叩いて告げた。
「どこだ?」
「床下です、同じ部屋の」
聞き終わるが早いか飛び出して、西は駆け足で例の民家に向かう。
車内には発見者のユーチューバー、八雲が愕然とした表情のまま、一人取り残された。
現場前は道が狭すぎたため、車を一番近くの大通りに止めて、取り急ぎ発見状況や身辺確認等、既に現着していた巡査から聞いていた情報を基に、聞き取りをしている最中だった。
時刻はまだ7時過ぎだったが、既に秋の日は落ちて暗く、現場の民家にはまだ電気が通じていないため、警察が設置した照明が過剰に室内を明るく照らしている。
規制線と高いブルーシートに囲まれた家の玄関、周りにはまばらに野次馬もいる。
入る前に、一旦脱いでいた靴カバー、ヘアーキャップ、手袋を改めて装着すると狭い中、鑑識と刑事がひしめき合う廊下を抜け、遺灰のあった八畳間にお疲れさん、まだあったって?と冷静を装いながら入って行く。
四方の壁や窓はブルーシートに囲まれ、剝がされた畳と床板は無造作に壁に立てかけられていた。
そうして空いた穴の中にそれはあった。
いや いたというべきか
深い茶色の床下の土は掘り返され、そこから見えている《それ》は大量の白骨だった。
真っ白い照明に照らされ、きつい明暗のコントラストが、灰がかってくすんだ白骨の存在感を更に強調してる。
「当たってみて正解でしたね」
北島が息を切らして後ろから言った。
「まだ何かないか…一応程度だったんだけどな」
何もなければ良かったんだがな…という、落胆の思いが隠せない声色で西は呟く。
「電磁波で床下も調べてみたら反応があって、案の定…あ、先生、お疲れ様です」
お疲れさん、と検視官の山形が、若い助手と共に巡査に案内されながら入って来る。
器用に骨をよけ、床下によっ、と慎重に降りると
「ここ、もう写真大丈夫?」
概要は巡査から説明を受けていたようで、10や20ではきかない大量の白骨を前に驚きもせずにいたが、黒縁のトムフォードの眼鏡の下で、鋭い小さな目がカメラを持った鑑識に向けられた。
鑑識がはい、と頷きながら答える。
そこから暫く、穴の中で作業を進める山形の背中を見ながら、西はあることに気が付いた。
…小さい…
初めて見た時は、その量の多さに圧倒されてしまったのだが、色々な部位の骨の中に、ゴロゴロとある頭蓋骨の全てが…小さいのだ。
「うん…これは、詳しくは科捜研に持って行くしかないけど…見る限り全て嬰児…おそらく、一歳未満の乳幼児のものだろうね」
その場にいた者が、一瞬息をのむ様子が伝わった。
山形は言いながら立ち上がると、助手から渡されたタオルで手を拭いながら骨を見下ろす。
「あと、これも詳しくは検視と科捜研で…になるけど。ざっと見たところ、見えているものだけでも半世紀は経っているものだと思う」
「……?!遺灰はもう運びだしてありますが、ビニールの劣化具合からそんな時代のものではないようでしたが…」
西が言うと、山形はゆっくりと顔を向け
「見たよ、あれもたぶん幼児未満の…嬰児の骨かと思うよ。こっちは骨だから色々出るけど、灰は高温処理されちゃってるから、DNAとかは出ないだろうね。まあ、科捜研待ちだな。この状況で検視官ができることはほぼないよ」
言いながら穴から這い出る。
「…もし、先生の予想どうりだとすると…つまり、この家には…」
「時代が離れた、大量の嬰児の遺灰と遺骨が隠されていた…ってことだね」
照明の眩しさからなのか、この異様な状況のせいか
山形の眼鏡の奥の小さな目は限りなく細く窄まっていた。
まだまだ大量に出てきそうだとの予想で、これは今日は帰れないなと腹をくくり、邪魔にならないよう西と北島は一旦車で待機することにした。
発掘の応援が来ても狭い中でに加え、傷つけないようにと繊細な作業なるため、長丁場は覚悟するしかなかない。
「こりゃあ徹夜だな…飲みの予定あったんだが…仕方ねえ、ラインしとくかあ…」
そう言って西は、とぼとぼと車を止めた大通りに向かって歩きだす。
「署の人間ですか?」
「いや、大学の後輩」
「そういえば…先輩出身東大なんですよね?何でエリート国家公務員がこんな地道な現場に?!」
「…二時間ドラマでさ」
「はい?」
「子供のころ見てた二時間ドラマとかで、たまに出てきたんだよ、エリート警視とかが」
「はあ…」
「ほぼ全員、現場を知らない、威張り散らすか鼻もちならないキャラでさ、経験ないもんだから、下の奴らはいう事聞きゃあしねえし、大体最後は叩き上げの現場刑事にぎゃふんとやられるという…」
「あ~…なんかありましたねえ…」
何の話だと北島は眉をひそめる。
「いざ自分がもろもろ合格して警察に…となった時、あれにはなりたくねえ!と思ったんだよ。下積みがないのは怖えよ。実際、なんでもな」
な、なるほど。
考えの深さに流石東大、と感心しつつ、その原因が2時間ドラマの記憶という短絡的なところにやや呆れた。
実際、西は身長も180センチと長身で顔もやや神経質そうではあるが、世間的にはハンサムと言われる部類にあたる。
東大出身のハンサムな刑事とくればよりどりみどりだと思うが、北島の知る限り女の噂は聞いたことがない。
「因みに…女ですか?」
「女だよ」
来た来た来た!ついに来た!
内心一人で妙に盛り上がった
「因みに後輩さん、お仕事は…」
にやにやしながら聞いてしまう。
「歌舞伎町で金貸し…金融だよ」
はい?
北島が思わず聞き返した時、車が視線の先に見えた。
ドアを開けると、すっかり忘れられていた八雲が、所在なさげにまだ後部座席に座っていた。
最初のコメントを投稿しよう!