新宿区歌舞伎町風俗店の貸金業者とホステスと刑事とナイジェリア人

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新宿区歌舞伎町風俗店の貸金業者とホステスと刑事とナイジェリア人

2020年6月末の法務省在留外国人統計では、日本で暮らすナイジェリア人の人口は3262人。 非正規、難民申請者なども含めると、実数は遥かにそれを上回る。 1960年の英国からの独立以降、治安は不安定になり、2000年代には過激派組織ボコ・ハラムによるテロ行為が活発化。 国民の大半が貧困に苦しみ、電気の通らないスラムで暮らす人々や、路上生活者、ストリートチルドレンも存在する。 そのような中、仕事を求めて来日するナイジェリアは増加し、その中から一定数ナイジェリア人アウトローも生まれる事となった。 彼らはその多くが格闘家じみた屈強な体躯をしており、今杏子は三人の男に囲まれ、その中の一人に、地下風俗店の一室で壁に背を当てられ、のど元を肘で潰される格好で脅されている。 通常、一女性がこのような状況にあれば怯えて然るべきだが、この場合怯え、慄いていたのは押さえつけている男、ボブの方だった。 他の二人、いずれも本名ではない通り名だが、マイク、ジェイも異様な気配を感じ、その場から一歩も動けない。 先ず杏子の目はボブから一切離されておらず、じっと見据えている。 しかし、焦点は定まっていないようにも見え 例えるならば魂が抜けたような目つき。 しかし、薄暗い室内でその瞳は照明の加減からかアイスグレーに見え、今すぐにでも自分達が意のままに操られてしまいそうな、そんな怖れを感じさせた。 冷汗が背中を伝うのを感じ、ボブは静かに腕の力を抜く。 今にも喉の骨を折られそうな力で押さえつけられていたにも関わらず、解放された杏子は事もなげな表情で、乱れた服を整えると、冷たい瞳のままで3人を捉えた。 「近くのホテルで女の子が殺されたのは知ってるでしょう?殺しを依頼されたのはナイジェリアマフィアのはず。だとしたら、同じ歌舞伎町のコミニュティのあなたたちが知らないはずはない」 「何でオレタチガ…」 「防犯カメラの画像を見た。あんな身長、体格はあなたたちよ。あとは仕事の手際ね。チャイナやフィリピンならあんな荒っぽいやり方はしない。歯を砕いたり削ったり、指紋を焼いたり…彼らなら薬品でもっとスマート。…ほめてないけどね、間違っても」 楊と仕事をしていた時、図らずもその手の処理をされた遺体ならいくつも見てきた。 「依頼した日本人の指図か色々小細工は残してたけどね。私には通用しない」 「オレタチ…キョコにまともなシゴトモラエタ…」 マイクがやっとといった体で口を開いた。 「ジャないやつがほとんど…ヤクザにだまされてウソつかれたり…ミンナどうやってイキル?コトバ喋れない、ビジネスない、カネナイ」 「だからコミニュティーを作ってみんなで助け合ってるのよね?だったらこの話も知っていて当然よね。六本木や上野のシマの話じゃない。この歌舞伎町の話なんだから」 杏子は全てのいい訳を聞く気はないと言わんばかりの口調で、マイクの情状酌量を求めるような発言を切って捨てた。 「ナンデオレタチ聞く?!ナカマ売ったらコロサレル!二ホン警察全然ヤク立たない!アイツラムノー!!」 つい、どこかからイヤホンで聞いているであろう西のこめかみに、血管が浮かぶ様を想像する。 そろそろ、用意して来た奥の手を出すタイミングの様だった。 杏子は何も言わず、足元に落ちた大きなトートバッグを開くと、中から帯封が着いたままの札束を無造作に取り出す。 三人は文字どおり目を丸くして、札束がどんどん目の前に積まれて行くのを、ただ茫然と見ていた。 「日本円で一人一千万。三千万ある」 「ワオ……」 目の前の大金の迫力に、思わず息をのんだ。 「何であなたたちかというと、3人とも家族がいるから」 確かに杏子の言う通り、3人にはそれぞれ日本人の妻と子供がいる。 ナイジェリア人に限らず、外国人が在留資格を得る手段の一つとして、短期ビザや就労ビザで来日して女性を口説き、結婚して子供を作って永住権を持つことがままある。 3人も御多聞にもれずその手法で日本に滞在しているのだが、多くのナイジェリア人が目的を果たすと姿を消してしまうところ、この3人は仕事が安定していることもあってか、きちんと家庭を営み、家族の生活を守っていたのだ。 「この話を私が聞いたら、一刻も早くこの街、国から出て行って欲しいの。独身だったら、それでもだらだら日本にいかねないけど、家族を大事にしているあなた達だったら、すぐに逃げるでしょ。…自分がきっかけで、人が死んでほしくない」 「……イマ、キョコ殴って、このカネ持ってナニも教えないで逃げるかも…」 今まで黙っていたジェイが、目に野蛮な光を称えて杏子を見る。 杏子はやれやれと面倒臭そうに、自分のジャケットの内側を探ると、極々小さなピンマイクを取り出して見せた。 「警察が聞いてる」 手を上げ首を振り、天を仰ぎ、顔を両手で覆い、ハーっと3人は観念したように深いため息をつく。 「…オレタチ安全は…オーケ?カゾクも」 「24時間は保証するわ。警察もそれ以上待てないし、すぐに消えないと、あなたたちのコミニュティーが気が付く」 それ以上の交渉はもう時間の無駄だと悟ると、3人は数日前、コミニュティーに内の数人が、急遽ある日本人の男から、少女達を身元が分からないように殺し、赤ん坊を連れ去るという依頼をされたと話すと、オニエ、トシン、サミュエルという実行犯の名前、3人の共同の住まいを教えた。 「その男達だって証拠は?」 「ケタイのデータと…たぶん使った道具ゼンブ部屋にそのまま…ハに使ったドリル…チついた服…」 それだけあれば、証拠は確かに十分だ。 「……赤ん坊はどうしたの?…」 「もうシンでたらしい…ニホンジン、男が持ってったって…」 そうか そいつは自分、他人の問わず赤ん坊の遺体処理は日常茶飯事のはずだ。 愚問だったなと、杏子は誰にも聞こえない声で呟いた。 西と桃子の前に杏子が現れたのは、それから程なくしてだった。 桃子の手前、平静を装っていた西は体から一気に力が抜けていくのを感じる。 「杏子ちゃん!」 「よくやった!…お前、奥の手って…金かあ。よし、すぐ家宅捜索の…」 西の言葉が終わる前に、杏子が膝から崩れ落ち、その場に蹲った。 「きょ、杏子ちゃん!」 「おい!大丈夫か!」 西が腕を掴み、助け上げると、顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れている。 「杏子ちゃん…平気なふりしてやっぱり怖かったんだね」 「大丈夫か?!ケガとか…」 「……ね」 「あ?」 「お…おかねええ!!!!」 はい?! 「ささ……三千万……独立してから必死で貯めたのにいい…!!また貯金しなきゃあ!」 ああ…まあ、それはそうだ。3000万なんて大金を事件解決の為とはいえ、民間人が自費で捻出等聞いた事がない。 「い、一部でも補填できないか…署に聞いて…いや、しかし、そもそもこの捜査方法が、問題に…ええ…と」 「い、いいんです…わ、私が勝手に…」 「いや、ほんとお前のおかげだよ。外国人マフィアのコミニュティーなんて、警察が尋問したところで絶対にこんなにすんなり吐かねえ。その時間がかかればかかるほど、真犯人に逃げる時間を与えちまうからな」 「うう……よ、良かった」 「杏子ちゃん、暫くあたしがおごるからね」 「おう、あとお前あれだろ、やっすいコースで海さんとこ飲みに行ってんだよな?そんくらいなら俺がカンパしてやるよ」 「ホントですか?!」 「やっすいのよ?やっすいの!」 翌々日未明、新宿署は日本在住ナイジェリア国籍の3人の家を家宅捜査の末、犯行に使われたとみられる数々の証拠を押収。3人を緊急逮捕するに至った。
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