新宿区歌舞伎町居酒屋の姉妹と刑事とホスト3

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新宿区歌舞伎町居酒屋の姉妹と刑事とホスト3

「どうもどうも、遅れて…」 言いながら西と北島がガラガラと扉を開けると、既に杏子、桃子、桜子、海とみつるが白木のカウンターで各々ビールやら焼酎を傾けていた。 季節は11月になったばかり、開いた扉の隙間からは、冷たい風が店内に吹き込んで来る。 「おっそーい」 「いやいや、桃ちゃんごめんごめん…警察ってのは犯人逮捕の後の書類とか検証が実は本番なのよ…。」 西がトレンチコートを脱ぐと、みつるがすかさず立ち上がり、「今日、急に寒くなりましたよね」などと言いながら恐縮する西から受け取ってハンガーにかけ、極々自然に隣に座った。 ……か、かいがいしい…… みつるの企てにすぐに気づいた海は、見ていられんとビールを飲み干し、西達のビールと自分の分を注文をする。 店主が本日貸し切りの札を出してくれたため、気兼ねなく話せる空間で改めて全員で乾杯をした。 「…いや~、改めて、今回は本っとうううに!!お世話になりました!」 西が大げさに頭を下げる 「ほんとに、組織対策課も生活安全課も、この案件で、まさかこんなに早く関係者を捕まえられるなんて…って驚いてましたよ」 と、北島も続いた 「いえいえ、杏子ちゃん達はまだしも、僕らはたまたまですから…」 「いやいや、それを言うんだったら、私のとこにあの子が凸して来たのだってたまたまだし…てか、凄い縁ですよね、このメンツって」 「歌舞伎町が狭いのよね~」 言いながら桃子が焼き魚の骨と格闘し、抜いた傍から身を杏子の子皿に盛りつける。 「先輩…有吉さんは…」 「大人しく取り調べに応じてる。状況との矛盾点も全くないし…内容は、あの日病室で聞いたことと同じだ。起訴は問題ないだろうな」 「……そうですか」 あの日、病室に入って来た有吉洋子は元木を殺した事を告白した。 「…あの日、スタジオのポストに手紙が入っていたんです。宛先、差出人もなくて…深夜にこの家に来るように、事件の件だ、とだけ書いてあって…。行くと、元木さんが…祖母のやってきたこと、母が隠していた秘密を…私に打ち明けてきたんです。……勿論混乱して…何が何だか分からなくなっていました…昔だけじゃなく…今の事件には母も関わっていて…信じられませんでしたが…」 「怪しい男を見たっていうのも、捜査をかく乱させるための、元木たちの作り話だったんですね」 北島の言葉に、洋子は目を閉じて頷く。 「…それがばれていて、警察に疑われ怪しまれている。今まで鮫島組が怖かったけど、もう自分は警察に行って話すつもりだ…って。待ってくれと言ったんですが…うるさいと言ってきかなくて…もみ合って…そして、思わず玄関先の花瓶で頭を…何度か。……大分お歳でしたから…私の力でも…殺せてしまったんでしょうね…」 「洋子………ごめんなさい…私のせいで…」 「……お母さん…」 洋子はベッドに駆け寄ると、違う…違うわ…と、そのまま布団に頭を押し付けて泣いた。 祖母や母の過去を突然明かされての咄嗟の行動だったのだろう。 西達は辛い面持ちで泣く親子を見ていたが、その時何も言わず、静かに杏子が出て行ったのに気が付いた。 容体が悪化し、有吉英恵が亡くなったのはその翌日である。 「…全部打ち明けられて、お母さん良かったですね」 「…どうかな、結局娘は殺人者だ。心配なまま逝ったんじゃないか」 「…ですね」 「どのくらいの刑になるんですか?」 桜子が聞く 「…うう~ん、陪審員次第だしなんともだけど、強いショックを受けた直後の行動だったり、母をかばうためだったり…色々考えると10年にはならないんじゃないかな」 少し、全員の空気がほっとしたのが分かった。 「…子供の…灰の親、出て来ないんですってね」 「そうなんですよ!ホストの方も灰でDNA鑑定できない以上特定できないし、そうなると女の子側のラインや証言しか証拠にならないのに、一人も出て来やしません!……やり切れないっすよ」 北島が身を乗り出す 「……実はちょっと、それについてはこんなものが…」 桜子がタブレットを出し、画面を操作すると皆に回した。 みつるは小さく舌打ちをし、海はため息をついて眉間を揉む。 二人とも無言だ。 「マジか…なんだよこれ」 「うそっ!…信じられない」 画面に映っているのは夜職専門の書き込みサイト そこには 《田舎のラブホで産んだんだけどマジ死ぬかオモた。でも担当ピいてくれたからエモい経験だったのに~!》 《焼かれたんやろ》 《くそやん》 《そう!あの苦労なんだったって話!もうエース降りようと思ったけど、店移ってまた通ってる不思議》 《歌舞伎町水子だらけ草》 《うちのリア友も被りに勝つために中出し妊娠させたって~!いいとこに養子に出すとか言ってたのに子供焼かれた!マジ許さん~!って、ケンカしたけど仲直りしたらしい》 《こりてなさすぎやろ》 《アポアポアポ》 《担当が謝ってくれたから許した。かなりメンタルやられたけど、二人で子供の命日にはシャンパンで乾杯しよって言ってくれたから!》 …等々、どれが虚言で、どれが本物かわからないほどの大量のコメントがそこにはあった。 「ちょっと前から、この事件のスレが立って…注意して見てたんだけど、もういくつもいくつも…」 「ここから身元とか…開示請求だっけ?できるんじゃないの?」 杏子が聞くと、桜子はため息を一つつき 「実はこのサイト、海外のプロバイダをいくつも経由してて、かなり難しくて有名なんだよ」 「…前に有名ホストが大金使ってここで自分の事さらしてるアンチ探そうとしたけど無理だったって話聞いたことあるよ…正直、全部匿名だし、証拠なんかあったもんじゃないから、書かれたホストやホステスも無視を決め込んだ方が得で最近は廃れてきてたけど…」 海は真剣な表情でそう話す。 「それにしても…なかなか…胸糞っすね」 「…幼いからだって…言ってやりたいとこだけどな…」 「…西さん、実は…松本…警察辞めたんすよ。あ、皆さん知らないっすよね。そいつ自分の同期で…生活安全課で、この事件も担当してたんすけど…なまじ子供も好きで、正義感も強いやつだったから…毎日毎日起こる、子供が被害者の事件に、最近メンタルやられてて…」 「この事件がきっかけになっちゃったんですか?」 「…はい、あいつ…親探し担当してたんすけど、事件の犯人捕まって…テレビで毎日報道されてたじゃないですか?絶対心当たりの女の子達から連絡が殺到するって思ってたんです。そしたら…」 実際、寿産院事件では、事件が明らかになると、母親たちが産院に押しかけ、わが子を殺した犯人を罵ったり、自分の子供がまだ奇跡的に生きていた母親が、この胸に顔を薄めて万感の思いを込めて抱きしめている写真も残されていた。 「……一件の問い合わせもなかった…と」 「はい…それがとどめだったみたいです。…俺、なんかもう無理だ…って。まさかこのサイト見てはいなかったと思いますけど…いや、そう祈りたい…」 「…続けろとは、言えねえなあそりゃ。優しいやつって、自分を責めだしちまうからな…子供相手は特にだし…」 自分の子供が焼かれ、灰にされたとわかっても、今自分を依存させる相手を失いたくないという気持ちを優先させるのだ。それは幼稚としか言えない。 それをどこまで深刻にとらえているのか、紛らすためか、掲示板に書き込んで賑やかす精神は、到底理解できるものではなかった。 全員が何となく押し黙ってしまった中 杏子が突然「先輩、ちょっと…いいですか」 と言い、西を外に連れ出した。 一瞬なんだなんだとなったが、気持ちを切り替えるきっかけにもなり、みんなが話をし出している中 海は一人気が気でなかった。
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