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新宿区歌舞伎町雑居ビルの貸金業者と居酒屋の姉妹とホストと刑事
「しっかし、海さんの逮捕術凄かったっす!あれ見て俺も西さんも、真面目に道場通わねえとな~って言ってたんですよ」
「いやあ…昔の話で…なんですけど、うちってほんとにど田舎で、子供にやらせる習い事なんて警察の柔道ぐらいしかなかったから…なんだかんだで黒帯を…」
「ええ~!!イケメンで強いとか最強じゃないっすか!」
「…あと、交番勤務の配属も結構麻薬常習者が多いような地域で、暴れる人多くて…」
「いやいや、暴れる人の最多出没地域はここでしょ!」
違いない、と全員が笑に包まれた中で、海はまだ落ち着かない。
二人はどこに行ってしまったのだろう。
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「うおっつ!風が吹くとさみいな」
居酒屋から徒歩三分程度しか離れていない3階建て雑居ビル屋上。一階は楊さんから受け継いだ杏子の貸金事務所だ。
「なんだよ、話って。結婚の日取りか?俺はいつでもいいぞ。うちの親には事後報告でもいいし」
茶化す西の言葉に、杏子は無言だった。
「私って…自分が暴力振るわれたり…危険な時に、無反応じゃないですか
…」
「?ああ…ナイジェリア人との時とか?」
「今まで…楊さんと働いてた時にも色々危ないときはあって…その時もそんなだったんですけど…それって虐待の後遺症で…虐待性健忘症って言うんですけど…。」
「過度なストレスがかかると自分で思考停止状態になるってやつだよな。…俺も調べたよ」
「…怖くっても突き進んじゃって…怖いのにやらなきゃやらなきゃって…楊さんには、このままだといつか死ぬぞって、いつも言われてました…。」
「おう、そうだ。死ぬから治せ。」
当たり前だとでもいう口調で西が言う。
「…何で貸金始めたか…なんですけど。」
「あん?話飛ぶなあ。なんだよおい。」
「不幸な人が見たかったんです。」
「……」
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「何で西さん杏子ちゃんと結婚したいのかな~」
「それな、杏子ちゃん家事スキルゼロだもんね。あ、でも西さんが得意ならいっか。」
「いやいやいや!俺警察寮時代の西さんの部屋知ってますけどゴミ屋敷でしたから!飯も適当だし、あれは早く結婚しないと早死にする典型!」
「ええ~!じゃあ最悪の組み合わせじゃん!」
「…因みにお二人は?やっぱり秘密の彼女にやらせてるクチ…」
言いませんから~と桜子がにやにやホスト二人に話しの矛先を振った。
「いや…俺もみつる君も…実は掃除魔で…料理も実は…」
「ぬか漬け作るタイプだから。」
えええ~!!
何それ、家事力ホスト!!!
かなう所がみあたらねええ~!!!とまた盛り上がりを見せた。
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「最低ですよね…でも、あの頃私、自分は親に無理矢理勉強させられて…親が死んで…アル中だったとか外に女性がいたとかがわかって…ホストに貢いで妹の進学資金まで使って、それでも足りなくて借金して…そんな自分を…反省どころか可哀想に思ってました…自己憐憫てやつです。」
「……」
「だから、こんな自分より不幸な人が見たかった。ふと目にした張り紙でしたけど、心に残ったのは、不幸な人が見れそうだったから。ぼろぼろで惨めな自分、そんな私より不幸な人たちがたくさん見たかった…」
「そうか、それで?満足したか。」
「…何で生まれてきたんだろうって人には…良く会いました。」
一呼吸おいて、杏子は風になびく髪を掻き上げる
「先輩…あの…骨の子供たち…」
「なんだよ」
「可哀想ですか?」
「…てめえ…ぶん殴るぞ…」
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「あたしさ…将来結婚できるのかなあ…って時々心配になっちゃって…」
桃子がほろ酔いの体で呟くと、北島がすかさず
「桃子さんが?!そんな心配?」
と、嬉しそうに反応した。
「あ~…それは俺も海もちょっとわかるかも…夜職やってる女の子って、男のえぐいとこいつも見てるからねえ…」
ま、それでもホストは別腹?というみつるの言葉にまた爆笑が起きる。
「ま、相手っていうか…子供が出来てちゃんと育てられるかなって、そういう心配。子供大好きなんだけど…あんな親に育てられたじゃない?…自分が同じことしないかとか…実はちょっと怖いんだ。」
桜子が桃子を見る。虐待の連鎖。自分も同じことを考えたことがなかったわけではなかったからだ。
「え~そっかな~。俺はやばい親見てきた人の方が、絶対いい子育てすると思うよ?人の失敗見た方が人間学びが多いって言うでしょ。逆に出来た親だったほうが自信なくなるよ。俺あんなに出来ねえ~って。」
北島の何気ない言葉だったが、桃子も桜子もはっ、と我に返るようだった。
そうだ。私たちはあんな風にならない。
なってたまるものか。
「……私、杏子ちゃんに魚の骨取ってあげるのもうやめる。こぼした口拭くのも。子供のジリツを妨げてはいけませーん!」
「そうだそうだー!」
「やり方教えてあげるのだー!」
「できるようになるまで、手を貸さずに……見守って…」
桜子が強くつぶった目から、大量の涙がこぼれだす。
「我慢強く…見守って…」
「出来たら褒めて…」
桃子も泣いた。
自分達はされなかった。
自分たちはしてあげよう。
愛をもらうより。
一つ愛し方を覚えよう。
気づくと海やみつる、北島の掌が肩に置かれている。
二人は沁みるほどのぬくもりを感じた。
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「…殴ってもいいですよ」
「…今のお前には殴る価値もねえ」
「親子って…何なんですかね。生まれた子供をすぐに灰にされた事がわかっても、そのホストに通い続ける女の子が、まともに子育てできると思います?遅かれ早かれ虐待死させられたり、ネグレクトが原因で家出して売春したり…」
「は?だから死んだ方が良かったって言いたいのかよ、てめえは…」
「…そうでうすね。無駄な苦しみもなく…」
ーーーーバシッ!!!!
杏子は目の前に火花が散る感覚を覚えた。
「いい加減にしろ!!何が昔はだ!!今も自己憐憫真っ最中じゃねえかお前は!」
殴られた頬を抑え、ゆっくり舐るように見西をる。
「…被害者で死ぬ方がいいじゃないですか…」
笑っていた
「加害者になるより…」
目がネオンを受けて蒼く光る
「何言って…」
「殺したんです」
杏子は笑った
にたあと
「私が…お父さんと…お母さん」
悪魔のように。
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