新宿区歌舞伎町雑居ビルの貸金業者と居酒屋の姉妹とホストと刑事2

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新宿区歌舞伎町雑居ビルの貸金業者と居酒屋の姉妹とホストと刑事2

「へえ…そうかよ。どうやって」 西は平静を装って聞いた。 だが、先ほどからの杏子の様子に、飲まれ、翻弄されている自分を感じてもいる。 「エンジンに細工を」 「そんなもん、警察が調べるに決まってんだろ」 「調べませんよ。母の口元からすぐわかるアルコール臭がしたって。飲酒運転だってすぐわかる状況で、壊れた車のエンジンなんか、詳しく調べません」 「…何でやった」 「…あの頃、大学では割と自由にさせてくれていた母が…というか、東大に入ったら、急に無関心になった母に、就職したら一人暮らしがしたいって言ったんです…そしたら…逃げる気?そんなことは許さない、お前がいなくなったら、誰が私の面倒を見るんだ、東大に入れてやった恩を返すべきだろうっ!て…」 「……。」 「…考えが甘かったんですよ。母が生きてる限り、私は逃げられない…。そう思ったんです」 「…そうか、わかった。じゃあ、具体的に、エンジンにどんな細工したんだ?」 「それは…」 「殺してねえよ」 「私が殺したんです」 「調べたんだよ、最近な。お前のご両親の事故に不審な点がないか。無かったよ。エンジンもブレーキも異常なし、お前あんまり警察甘くみんなよ」 ーそう、杏子は殺していない ー殺したと思いこんでいるのだ 「殺したの」 「…じゃあ何で逃げなかった?殺すぐらいなら…」 「逃げる?!!できるわけない!!!」 その時突然、杏子が声を荒げた。 「…私が逃げたら…桃子が…桜子が…あの子達を私と同じ目になんて…」 桃子は以前、杏子の人生に自分たちが登場したのは両親の死からだったろうと言っていたが、杏子は桃子や桜子が生まれた時から、その身を幼いながら案じていたのだ。 姉としてまともに関われなくとも、そうやって妹たちを両親からかばって生きてきていた。 それは幼い少女にいかばかりのストレスだったのだろう。 西は、拳を強く握りしめた。 「だから、私が殺したの…」 「おい!いい加減に…」 掴もうとした西の腕を振り払い、杏子は屋上のフェンスに背中を打ち付けた。 「殺した!!!私が殺したの!!もっといい子だったら…勉強出来なくてごめんなさい!!私がもっと…勉強が出来てたら…お父さんは私達家族だけを愛してくれた…お母さんはお酒を飲まなかった!!だから、だから全部私のせい!!!私が殺したの!…赤ん坊たちは、殺されたけど殺さなかった、自分の事だけの幼稚な親たち育てられてたら、きっと殺したくなって、殺してた!ろくな人間にならなかった!私みたいな!」 強く握った両拳を目に当てて、叫ぶように一気に吐き出した 西が一歩前に踏み出す 「人の不幸に安心した!幸せな人は見ていられなかった!取り立てに行ってお怯えてる顔がたまらなかった!」 腕を掴む 「こんな人間になるなら死んだ方が幸せ!!きれいなまま死ねた方が幸せ…あの子達は幸せだっ…」 きつく抱き締められていた。 杏子は西の胸にそのまま顔をうずめて泣いた。 「…子共ってのはさ、自分の意志で生まれて来るんだよ」 「……」 「人の都合じゃねえ。ましてや、意味があって生きるんじゃねえ、生きる、生き抜く事に意味があるんじゃねえのか」 「……」 「だからその命を、都合で奪うのはやっぱり間違ってるんだよ。…そりゃ、時代時代色々あるさ。でも、包んで籠に入れといたら拾われたかもしれねえ。…だから俺は、骨になった赤ん坊も…灰にされた赤ん坊も…どんな事情があっても、今も昔も、殺した事は許せねえ」 「……」 「…お前は生き抜いたろ。ちゃんと生き抜いた」 杏子を抱く腕に力が篭る 「っ…せん…ぱい」 西にはいつか、こうして吐き出してぶつけたかった。 楊さんとも違う、父性のようなものを感じてもいたが、それが何という感情なのか、今の杏子にはまだ名前が付けられない。 腕の中で泣き続けた その時 「ブルルルルルルルルルルルルルル!!!!!」 西の携帯電話がけたたましい着信音とともにポケットで振動する。 「うおっつ!!びっくりしたあ!!なんだなんだ!」 容赦なく杏子を体から引きはがし電話に出た。 …はい、西です…あ、東谷さん、どうもすいません、今日は先に………え?!…どこで?…新宿?!練馬、北区と同じ…?わかりました、すぐ行きます!北島も一緒です!はい!じゃ、後で! 慌てたように、携帯を切ると 「おい、わりい、事件だ!」 「あ、は…はい。」 慌てて行こうとして、杏子を振り返り 「あ、えー、なんだ、お前の言い分はあれだろ、車いじったとかなんとか…まあ、そしたら自首してきたっつって俺が逮捕して、拘置所ぶち込んで、裁判まで面倒見てやるよ!」 「え…あ…はあ…」 「でな、まあ桃子ちゃん達も証人になってくれて、情状酌量の余地はあるだろうし、自首だし、何とか懲役10年以内になるだろ?」 だろと言われても…ともごつく杏子に、間髪入れず 「んで、模範囚で、6年半から7年で出てくるわけよ、そんで俺と結婚して、ギリ子供産めるから産んで、以上じゃねえか」 「……は、はい…?」 「だから自首したけりゃ勝手にしろよ、どちらにしろお前の人生は安泰だ。でもな、証拠もねえのに自首してきたらそれはそれで、警察に迷惑だってっとけ?たまにいっからな、そういう迷惑な一般人。んじゃ、あ、もしもし、北島?すぐそっち行く…そうだ、練馬と北と同じヤマ臭い」 「せせせ……先輩!!」 急ぐ西に、これだけは聞かねばと、大きな声で引き留めた。 「なんだよ」 「あ、あの…前からですが…なぜ私と結婚したいと…でしたっけ」 「ああ?!だーから、お前が一番俺にとって女感じねえんだよ!話してて楽!以上、じゃな、急ぐんだよ!」 あっけに取られた杏子を一人残して、西は行ってしまった。 一人残されたが、泣いたからか妙に胸のあたりが軽い。 ブルルルル!!! 携帯が震えた 「あ、杏子ちゃん!西さんと出て行ったきり帰ってこないから…あ、今北島さんも慌てて事件って出て行って…今どこ?」 海の声に心臓がはねた。 ししし、心配してくれてるうううう!!! 「あ、だだだ、大丈夫です!すぐ戻ります!」 電話を切って、胸に抱き、ふと、仕事の時ではないのに、いつの間にか西と話すとき、自分の吃音が治っている事に杏子は気が付く。 はて? と思ったが、それよりも急いで海たちのもとに戻ろうと、階段を早足で駆け降りた。 秋の風が頬を撫ぜた。
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