最終話

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最終話

「…まずは、性教育だと思うよ、私はね。 だって、女の子達自分の身を守ることなのに、全然ちゃんとした知識持ってなくない?やばいって。 でも、大人の責任だよねそれって。 寝た子を起こしたくないとか意味わかんないこと言って、知ってる?日本って先進国の中で一番性教育の時間が少ないんだって」 <それな> <わかる> <親に聞いたら学校で聞けとか言われたわ~> <結果ノールフィでフィニッシュ> <だね> <激しく同意> <性病がやばい> <それそれ> 流れるコメントを見ながら、桜子はマイクを近づける。 「妊娠すると生理が止まることも知らないのに、やることだけはみんな始めちゃうからね。これはいかんですよ。ほんと」 <初めてがパパ活とか終わっとる> <笑> <親は何しとるんや> <病気の知識とかもなさそう> <イソジンうがいってほんと効くの?> <初めて働いたデリの講習で知らん事だらけを教えてもらってマジ勉強になった> 「妊娠しても、どこにも相談できないで、一人で抱えちゃって、結局臨月で産んで…っていうのもあるよね。でもさ、これもちゃんと避妊すれば防げるわけじゃん?…女の子に悲しい思いしてほしくないんだよね、私は」 <男もクソや> <それなそれな> <遅れてきたらいい話ししてた> <断れない子何とかせんとね> <そもそも面倒もみれないガキがやるな> <児ポくそ> 「あとさ、今回の事件でホストの事が問題になってるけど、勘違いしちゃダメなのがさ、あの人達は接客業なんだよ。 本営とか結婚営とかして来る人もいるかもだけど、信じちゃダメ。 それを心の支えにして、依存して、自分の存在意義をその人たちの順位や売り上げにしちゃだめ。 きつい事言ってるかもだけど、今回の事件て、そういう弱い心が引き起こしたんだと思う」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「…どういう事っすか」 みつるは腕を組んだまま、皇帝のように中心に鎮座する秀吉を睨みつけた。 月に1度のグループ総店舗ミーティングの為に、いつもより早い閉店後のギルティ。 オーナーで、平成伝説のホストと言われた秀吉が、以前から言っていた、近日中にみつるをオーナーにするという宣言を撤回したのだ。 役職者として参加していた海も驚きを隠せなかった。 グループを継承し、店舗の運営理念を変えていくことを目標に掲げてみつるとここまで頑張って来たのだ。 「他の代表から、不公平だって声があったんだよ。譲らねえとは言ってねえ。誰がいいか競わせてから…って事だよ」 そう言って秀吉は、顎で他の店舗の代表たちを示した。 流石平成カリスマホストと言われた男。年は既に50近いはずだが、深い彫りの端正な顔立ちに目力、そして何より今のホストにあまりいない圧倒的な夜の世界の男の色気が漂っている。こればかりは、天性のオーラ。 「いいっすか」 ノン・ギルティの代表、星 流(ほし ながれ)が手を上げる 「前から、みつるさんが年季的にもナンバー2だったから…とは思ってたんですけど、月の売り上げだったら、ギルティよりうちとか、サウダージの方がいいときもありますし。ここは公平に選んでほしいって言ったんですよ、俺らが」 黒のスーツにシルバーフレームの眼鏡が光る。 「流てめえ。1億円プレイヤー3人在籍とか吹きやがって、掛けカウントだらけじゃねえかよ。ナンバー入りホストの給料袋、中身新聞紙なの、俺が知らねえとでも思ってんのか」 「掛けでも何でも、回収さえすればいいんで」 「とにかく、勝手に決めないで俺らにもチャンスを下さいって、オーナーに言ったんです。それは間違ってないですよね」 揃った前髪から丸い目をのぞかせて、サウダージ代表、ルイがみつるに言う。 「二人に押し切られたんじゃねえぞ、言われて俺ももっともだと思ったんだよ。お前とは長いが、確かに二人も年々売り上げを上げて頑張ってくれてる」 二人を睨みつけていたみつるを治めようと、秀吉がわって入った。 「もう、年功序列って時代じゃねえと思ってな。うちは、3店舗と歌舞伎町じゃ小さなグループだが、3店舗とも大箱だ。人数も多いホストをこれだけ管理出来てる代表は3人とも実力は近いよな」 秀吉は立ちあがると、有無を言わさぬ迫力で、全員に告げる。 「11月、12月の結果を見て決める。売り上げだけじゃねえ、顧客満足度、管理者としての資質もろもろだ。いいな!」 「はい!!!!」 その場の全員がさながら軍隊のように声を上げた。 一難去ってまた一難…海はやれやれ…とメラメラと燃えるみつるの隣で一人ごちた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「学校の先生や、偉い人、親の齢のおじさんたちが、平気で子供買ってるニュースとか見てると、確かにみんなが大人に幻滅しちゃう気持ちはわかるよ。 てかさ、そういう人たち聞いてる?あんたらマジきもいからね。 そういうやつらに限って、トー横の子達とか偉そうに説教するけどさ、大人も自分を振り返ろうよ。 子供って、時代の、大人の写し鏡だよ。 あんたらがそういう子作ってないって言いきれる?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「じゃ、かんぱーい!」 「乾杯じゃねえわ!ほんとに…もう絶対、あんなことさせんなよ、バレたら資格…」 「しないよ~!ないない!でもさ、警察の人も本当に感謝してたよ。おかげで犯人捕まえられたって」 「…電話でいきなり新宿署の人だっていうから、終わったと思ったよ…礼を言われて、生き返ったわ、全く…」 「だから~、今日は全部桃華のおごり!はい、かんぱ~い!」 ほぼ無理やりグラスを合わせる。 大谷は今回の事件で税務を担当していたバック・スペースの台帳を、<うっかり>桃華に見られてしまったのだ。 かなわないなあ~と、諦め半分で、しかし役得とばかりに、事件の裏話を聞いて、二人でしこたま盛り上がった。 ヘルプも来て三人になったタイミングで、化粧室に行って来ると席を外す。 鼻歌交じりに扉を開けると、個室の扉を開け放し、便器にもたれかかって倒れているホステスが目に入った。 「えっ?!きゃっ!…美鈴さん?大丈夫ですか?!」 倒れていたのは、店で唯一桃子より年長の美鈴だ。 駆け寄ると、香水とは違う、不自然な甘い匂いがした。 「美鈴さん!美鈴さん!」 しっかり!とゆすると、あ~、ふふ、と虚ろながら、かすかな反応があった。 足元に、見たことがない花のマークが描かれた小袋があるのを見つけ、拾い上げると、美鈴と同じ甘い匂いがする。 「……何よこれ…」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「愛されなかった子供が、愛すことが出来ないって事はないと思う。 うちにもよくそういう相談者さん来るじゃん?でもさ、自分の不幸に酔ってばっかだと、未来まで曇っちゃうよ。 親はさ、だめだと思ったら、距離を取ってみて。 親恨むより、可哀想な人だった、って思えるときがきっと来るから。 とにかく色々早まらないで。 愛する力をつけて、自立できるようになろう」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ご苦労様です」 西が声をかけると、入り口にいる数人の捜査員が道を開けた。 「ご苦労様です。中野署の福井です」 現場を仕切っていた刑事が、挨拶に来る。 「新宿の西です。こっちは北島…早速、いいですか?」 「はい、こちらに…」 足カバーや手袋をはめ、室内に入ると、倒れている中年の男。 一見自然死のような穏やかさだ 「お願いします」 西が言うと、心得たように鑑識の一人が遺体の口を開ける。 その口中は舌を中心に真紫に染まっていた。 「…同じですね…他と」 西はもういいというように、手で合図する。 「…連続…殺人ですかね」 福島が細い目を向けて尋ねた。 「…そうですね……あるいは…」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「親だろうと彼氏だろうと、占い師だろうとホストだろうと、自分の人生を人に委ねない勇気を持って。 あのね、あなた以上にあなたを大切にできる存在なんてないよ!神様だってあなたよりあなたの事考えてないから! だから、自分を大事にして下さい。 何かあったらいつでも連絡して。 私はここで待ってるから。 …今回は、本当に悲しい事件だったよ。二度とこんな事起きてほしくない…あ、なんか、湿っぽくなっちゃったね。 …よし!じゃ、いつものように!これにて一件落着!」 指で作ったピストルを、大きなパソコンのダブルモニターに当てると、画面には映らない代わりに大きな声で バン!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 金曜日、夜の歌舞伎町を、杏子は新しく紹介された客の女の子と歩いていた。 「すみません、こんな時間で…」 「いいんですよ、お仕事だったんですから。私は全然合わせられますから…」 恐縮する相手に声をかけながら、ふと向こうからやって来る男に意識が行く。 すらりとした長身、黒いコート。白い肌、鋭い目、肩までの黒い髪をオールバックにして結んでいる。 すれ違う時、目が合った。 「お知り合いですか?」 「あ、いえ…」違うんです、と杏子は慌てて否定する。 「…でも…」 「なんか、ハンサムでしたね、ちょっと怖そうだけど…」 「あの人…たぶん…」 「えっ?」 「人殺してる」 「え?今なんて…?」 「あ、何でもないです!ごめんなさい」 言いながら振り返ると、雑踏に紛れてそこに男の姿はもうなかった。 歌舞伎町の悪魔   完
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