開戦

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同日同時刻、港湾エリア付近の路地裏にて。警備隊隊長梅屋敷紗枝は壁面に背を預けるようにしてアスファルトの路面に座り込んでいた。思ったよりも受けた傷が深く、出血が止まらない。大量出血のせいで朦朧とする意識を何とか繋ぎ止め、紗枝が本部へ応援要請をしようと制服の胸ポケットへ手を伸ばした、その刹那。 月明かりと僅かなネオンの光だけが頼りの薄暗い路地裏に静かな靴音が響いた。 「…随分と重傷だねぇ、殆ど死にかけじゃん。…久しぶり、姉さん」 「…あら、た…?」 紗枝は自分の目の前に立つ人物を認識すると途切れ掛けていた意識が覚醒していくのを感じた。だが、それも当然のことだろう。何故なら今紗枝と対峙しているこの男は、一ノ瀬新は、正真正銘梅屋敷紗枝の実の弟なのだから。 「…今更、お前が…私に、何の…用だ…」 「特に大した用件はないよ。唯、これだけ聞いておこうと思って」 新は其処で一度言葉を切ると嗜虐に満ちた瞳で、言った。 「…初めての敗北はどう?」 「っ…!」 その言葉に紗枝は一瞬だけ瞳を見開いたが即座に取り繕うように切り返した。 「…まだ、私は…私たちは、負けてなどいない…!正義は、必ず勝つ…」 「この戦況でよくそんなことが言えたね?今現在の前線の様子を知らないなら、教えてあげようか?」 新はそう言うと自身の携帯端末を操作し、複数送られてきていた報告文を読み上げていく。 「カルネージ死亡者数三十六人、負傷者数約千六百三十二人。警備隊死亡者数百十二人、負傷者数約千八百五十人。今回警備隊から派遣されたのは約二千人だから…事実上の壊滅、でしょ?」 これの何処が敗北ではないと言えるのか、と言外に含ませたその言葉に紗枝は、最早何も言えない。 「…ねぇ、こうなった今でもまだ自分達のしてきたことが正しかったと思ってるの?」 「…仕方が、ないだろう…大のために、小を切り捨てるのは…当然のことですら、ない…ただの必然だ…」 「だから多少の犠牲はしょうがないと?その必然のために今まで何人が散っていったと思ってるの?」 新のこれまでに見たことも絶対零度の瞳に紗枝は思わず目を逸らした。 「だから…それは…!」 「…そうやって自分を正当化するその考え方が気に入らないから、俺は梅屋敷を出たんだよ」 紗枝は新から発せられたその一言に奥歯を噛み締める。そんな紗枝の様子を見て新は止めの一撃を放つべく口を開いた。 「…どんなお題目を並べたところでアンタ等がやってきたことは…殺しなんだから」 「…」 紗枝は既に言葉もなく、ただ無言で俯いた。 「最後に、一つだけ。俺はもう絶対に、梅屋敷には戻らない。もし万が一生きていられたなら本家にもそう伝えといて。じゃあね…姉さん」 もう二度と会うこともないだろうけど、と付け加え新は踵を返して歩き始めた。 「…ちゃんと決着、つけたよレイ。これで良いよね」 小声で呟くように吐き出されたその言葉は、夜の闇に解けて消えた。
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