来訪者

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来訪者

「はっ…はっ…はっ…」 一定の呼吸を乱すことなく、冬華は無心で足を動かし続ける。脳裏を駆け巡る姉との思い出を、姉の笑顔を、振り払うように。思い出してしまえば、きっとこの孤独に耐えられなくなる。 だが、冬華には分かっていた。この行動が現実逃避に過ぎないということも、姉から、過去から、逃げ続けているだけだということも。それでも、逃げずにはいられない。 冬華には何もないのだ。姉を探し出すという決意も、過去と決別して生きていく勇気も、今を受け入れる覚悟も、何もない。以前なら、そんな自分を後押ししてくれる人がいた。 踏み出せずにいる自分の背中を、優しく押してくれる愛しい人が。だが、もういない。美晴は、いないのだ。 (私もそろそろ、進まなければ…) そんなことを考えながら冬華が感傷に浸っていると、突如として景色が一変した。 「っ…!」 今まで走っていた森の景色から一転。冬華の眼前には何もない白い空間が広がっていた。明らかに先ほどまでの森とは、何もかもが違う。その証拠に靴裏には石の感触も、枯葉の感触もない。この現象は…。 (異能力者…?) そう。この不思議な現象は異能力以外の何物でもない。そうでなければ、説明できない。 大気中のマナを体内に取り込み、変化させ、様々な異能力を発現させる異端の存在。それが異能力者だ。数こそ少ないものの、異能力者は確かに一定数存在している。 実際、冬華の姉、美晴も異能力者だった。冬華はゆっくりと腰の刀、華姫に手を伸ばし刀の鯉口を切る。背後に何者かの気配を感じ取ったのだ。 油断なく、いつでも迎撃できる体勢のまま振り返ると、突然の来訪者は冬華の眼前にいた。 (っ…いつの間に…?) 驚きつつも咄嗟の判断で飛び退き、距離を取ると同時に刀を抜く。冬華は十六歳にして既に練達の剣士だ。他者の気配を察知することくらいは容易にできる。 にも関わらず、間合いに入られるまで全く対処できなかった。余程の猛者か、あるいは何らかの異能力ということも有り得る。冬華の本能が警鐘を鳴らす。 敵意や殺気の類は感じられないが、こうして対峙しているだけで背中を冷や汗が伝う。交戦になることも想定し、冬華は覚悟を決めた。冬華が一歩踏み込むと瞬間、その来訪者も腰のホルスターからH&KのUSPを抜く。 二人の視線が交錯し、剣閃が閃いた。同時にUSPのセーフティが外されたことを視認し、冬華の全身が総毛立つ。 咄嗟に手首を返し刀の軌道を変えると銃口もそれを追尾し、冬華を狙う。そして次の瞬間、冬華の刀は来訪者の眼前でUSPの銃口は冬華の額を正確に狙える位置で同時にその動きを止めていた。
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