最初の一歩

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最初の一歩

時計の秒針が進む音のみが聞こえるこの部屋で、冬華はただ電話がかかってくるのを待ち続ける。一秒が永遠にも感じられる時の中、次に着信があったのは僅か十分後だった。 「今夜の午前二時に、歓楽街でお待ちしております。門前に車を停めておきますから、目印にしてください。では私はこれで失礼します」 それだけ告げると電話は一方的に切られた。だが今、そんなことは大した問題にならない。今問題なのは指定された集合場所だ。 歓楽街はその全ての土地や店が、とあるマフィアグループに管理されている。その土地に他組織の介入は有り得ない。そうなれば自ずと、手紙の差出人が何処に所属する人間かも分かってしまう。 カルネージ。帝国を二分する、マフィアグループの一つである。歓楽街は遍く全てがカルネージの管轄であり、警備隊ですら迂闊に手が出せない危険な組織だ。 (姉さんは、カルネージに所属していたってこと…?) さらに混迷を極めてきた状況に再び頭を抱えたくなりながらも、冬華はすぐに意識を切り替えた。今、大事なのは午前二時に備え万全の準備を整えることだ。現時刻は午後二時なので、十二時間の余裕がある。 但し移動時間を考えると、実際の猶予はそれほど長くない。冬華の自宅から歓楽街までは電車を利用しても一時間程度かかる。だが電車は午前二時には終電を迎えてしまっているだろう。 冬華は暫く考え込み、最終的には少し早く家を出ることにした。帰宅方法に不安が残るが歓楽街の近くにはホテルが幾らでもある。野宿ということにはならないだろう。 早く目的地に着いてしまったら近くのカフェにでも入ろうと考えながら、冬華はクローゼットを開く。その中から、冬華がいつも通っている学院の制服を選んだ。 接近戦に長けている冬華にとっては、服の内側に暗器を仕込みやすいものがいいと判断してのことだ。距離を詰められた状況ならば、華姫よりも小回りの利く暗器の方が有利である。 あらゆる戦況に対応できるよう、暗器にはキメラから採取した猛毒も塗っておいた。キメラとは研究所と呼ばれる帝国屈指の研究施設で、とある才女が研究を進めている人工生命体である。この毒は無味無臭で針やナイフに付着していても傍目からは見分けがつかない。 付け焼き刃ではあるがもしも交戦になった時、真っ向勝負で勝ち目がないのは明白なのだ。このくらいはしておくべきだろう。 冬華は万全の体制を整えると制服に着替え、刀を腰から提げる。何度か抜刀と納刀を繰り返し、動きに支障がないことを確認した。恐らく華姫を使うことはないだろうが家に置いていくつもりにはならない。 最後に必要最低限のものだけ持ち冬華は家を後にした。
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