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カルネージ
それから何時間が経過しただろうか。冬華がふと時計を確認すると、閉店時間ギリギリの午後十時五十分だった。既に客の姿もなく、冬華が最後の一人のようだ。冬華は急いで会計を済ませると、店を後にした。
ここから歓楽街までは、歩いても十分もかからない。冬華が歓楽街の門前に辿り着くと、不意に何者かの気配を感じ取った。
歓楽街に訪れた客のものではない。そして冬華はこの気配に覚えがあった。半ば正体を確信して振り返ると、そこには予想通りの人物が立っている。
「…気配を消して背後に立つの、止めてくれない?」
冬華は独り言のようにそう呟いたが、対する女は何処吹く風である。
「これは癖なので。それより、ようこそいらっしゃいました。我らカルネージの管轄区域へ」
「っ…!」
冬華はその言葉に絶句した。
「自ら正体を明かしてくれるなんて、随分親切なのね。大丈夫なの?」
内心の動揺を押し殺しながら、戸惑いを顔に出さないよう極めて冷静に問いかける。
「問題ありません。もう私たちの正体には、気付いていたでしょう?」
「…」
どうやら、此方の思考は筒抜けも同然のようだ。
「では、前置きはこの辺りにしておきましょう。車までご案内致します」
女はそう言うと、冬華に背を向けて歩き始める。冬華は先ほどの言に追及するべきか迷ったが、早々に諦めた。この女との腹の探り合いは、あまりにも分が悪いからだ。
冬華が割り切って女の後を追うと、狭い路地裏を抜けた先に黒塗りの車が停まっていた。窓にカーテンが取り付けてあり、車内の様子は伺えない。女が窓を軽くノックすると、すぐにドアが開いた。
「どうぞ」
女に促され、冬華は警戒しながら車に乗り込むと対面式の座席に座る。
冬華の向かいの席に座っていたのは、まだ若い一人の男だった。少なくとも、冬華が想像していたよりは遥かに若い。美晴と同じか、少し年上くらいだろう。
「如月冬華、で間違いないな?」
車が走り出すと男は唐突にそう口を開いた。冬華は改めて気を引き締めながら、慎重に言葉を返す。
「えぇ、貴方は?」
「カルネージ総代、登坂澪士だ。隣にいるのが幹部の小鳥遊瑠香」
紹介された瑠香は冬華に向かって軽く頭を下げた。
(カルネージ総代…)
冬華は内心で焦りを感じていた。カルネージの関係者であると予想はしていたが、総代が出てくるとは全くの予想外である。
だが、ここで引き返す訳にはいかない。ここは既に、彼等の領域なのだ。
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