彼方の記憶

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彼方の記憶

夢を、見る。そしてこの夢の内容を私は既に知っていた。何十回と繰り返されてきたこの悪夢は徐々に、しかし確実に私の精神を蝕んでいく。 眼前に広がる光景には、何年も前に見慣れていた。それなのに未だ、この夢に対する生理的嫌悪を払拭しきれない。心の奥底に押し止めたはずの記憶を何度も掘り返されれば、それも仕方のないことなのだろう。 そんな私の心中など露知らず、悪夢はゆっくりと進行していく。私の瞳に映るは一人の少女。その少女は大好きだった私の姉だ。 「ごめんね」 姉はそう言いながら私を抱き締めると、何事かを呟いた。何を言っているのだろうか。上手く聞き取ることができない。 恐らく脳が、無意識の内に姉の言葉を拒絶しているのだろう。この部分だけが、記憶から完全に抜け落ちてしまっている。だがその瞬間、姉を中心に幾何学模様の魔方陣が浮かび上がり二人を包み込んだ。 それと同時に、私の体は魔方陣から伸びた四本の鎖に絡め取られる。私はこの不思議な力を知っていた。これはあらゆるものを封じる姉の能力だ。 だが、姉は自身のこの能力を嫌っていた。故に、私は姉が能力を行使する姿を見たことさえなかった。ましてや、妹である私に向かって能力を使うなど考えもしなかった。だから。 「どう…して…?」 体から力が抜けていくのを感じながら、私はゆっくりと呟いた。そんな私を見下ろす姉の表情は、今にも泣き出しそうで。これが姉の望んだことではないのだと、その時即座に理解した。何か、事情があるのだと。 「あの時、言ったでしょ?貴女のことは私が守ってあげるって。だから…ごめんね」 そう独り言のように呟くと、姉は私からゆっくりと体を離した。その瞬間、私を戒めていた縛鎖は光の粒子となって掻き消える。姉は何かを決意したような瞳で立ち上がると、私に背を向けた。 「…さようなら。愛しているわ、冬華」 その言葉を最後に姉は行方を眩ませた。もう振り返ることはなかった。
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