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3章 恋
体育館に入ると、独特な匂いがした。ボールの匂い。汗の匂い。湿布の匂い。
その広い空間には、音や声も溢れていた。キュッキュッという、靴が床と擦れる音。パスの際の掛け声。
そして、タンタンというドリブルの音。シュッというパスの音。パッとキャッチする音。ダンッというシュートの音……。
いつも身近で聞いていた音とは少し違う、ボールの音。
(この匂いとボールの音、好きだなぁ)
しみじみ思いながら、飛鷹くんに連れられ、顧問の先生や部長、マネージャーらしき先輩の元へ向かった。
「あの、この子、二組の鶴見さんです。さっきマネージャーやらないかって、声かけて……ひとまず見学してくれるみたいなんですけど、いいですか?」
飛鷹くんが紹介してくれると、マネージャーと思われる女の先輩がにっこりと笑った。
「飛鷹くんありがとう、探してくれて。鶴見さんも来てくれてありがとう。ぜひ見ていって」
マネージャーは美人な人だった。すらりとしていて、黒く長い髪が似合っている。三年生は、自分と二つしか歳が違わないのにとても大人に見えた。
顧問の先生や部長も見た目は少しいかつくて怖そうだったが、笑うと穏やかで優しそうだった。
「始めるぞー」
先生が声をかけると、メンバーが並んだ。こちらの部員も他校の部員も、みんな背が高かった。飛鷹くんだけが小柄で、少し目立つ。
「お願いしゃーす!」
部員たちに緊張が走る。試合が始まった。
「5番、5番!」
「はい!」
「こっち!」
声が飛び交う中で、私は飛鷹くんの姿に釘付けになった。体は一番小さいのに動きが素早くて、気付いたらボールを持っている。マークしてくる人の間をすり抜けて、パスを回す。かと思えばもう、先回りしてゴール近くに移動していて、綺麗にパスを受け取り、人一倍高くジャンプして、ゴールする。
(すごい、全体をよく見てる……)
ゴールを決める彼は一層かっこよく見えた。あのポスターの姿が、今目の前にあった。
(身長は私とそこまで変わらないのに。あんなに動いて……)
体がぞくりとした。まるで私も試合に参加しているかのよう。とても久しぶりな感覚だった。
「よっしゃー!」
点を入れた彼がガッツポーズをしている。また、太陽のような笑顔だった。
ふとこちらを見て私と視線が合うと、にかっと歯を見せ、ピースサインをした。
(……あ、私)
たぶん彼のことが好きになってしまったと、思った。
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