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小さな馬蹄の音を聞いた。
数は……1騎。だが、後ろから幾人かが着いてきているのだろう、徒歩の足音も一緒だ。
染み付いた習慣でこちら側へと向かってくる集団の様子を正確に感じ取ろうとする。
次いで方角。北西に小高い丘。
高所から見て自分を補足したのであろう。周囲に自分以外旅人は無し。明らかに目当ては俺である。
開けた砂漠で生きる南方蛮族の目は優れている。方角さえ分かっていれば砂漠で豆を見つけられる……というのはかつて聞いて唖然とした、文明人からの評だ。それは言い過ぎにしても猟師や弓手ぐらいには見える。
歩みは止めず、徐々に近付いてくる者たちを観察する。
数は5。不揃いの装備に荒事に慣れた風の顔つき。こちらを指差しながら何事かを笑いあっている様子からしても兵士には見えない。規律が無さすぎであった。
先頭を行く騎馬の男が頭目なのだろう。厳しい顔つきは威厳を取り繕っているようにも見えた。背負った大剣も、どこか見栄のために思える。
「ふん? 賊の類いか……?」
しかし、自分でも何ではあるが金を持っているように見えるのだろうか? そして実際、持っていない。まさかこの身を奴隷としても売れるはずもなし。
セイフの側も歩みを止めないために、思っていたよりも速く出会うことになりそうであった。普通は逃げるか隠れるかするが、そんな発想自体存在しないのが彼である。
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「止まれ!」
賊の頭目らしき男が大仰な手振りを交えつつ、声を張り上げてきた。
馬上で器用なことだと少し感心する。西方蛮族は馬の上に立って弓を操れると聞いたことがある。あるいはその手合か。しかし、北にいるはずもない。
「おい、そこの蛮族! ここを通りたければ通行料を払って貰おうか!」
「馬鹿な……」
答えに詰まる。声はいつもとは違い呆然として、信じられないという心情がありありと浮き出ていた。
それに気付いた頭目の後ろの男達があざ笑っている。こいつはとんだ間抜けだと。だが、事態は往々にして想像を上回るものだ。
「なぜ、俺が南方蛮族だと分かったのだ……」
どこかで鳥が鳴いた気がした。止まってしまった人間たちの代わりにそこに答えを出すかのように、一鳴き。
地上では間の抜けた沈黙が広がる。
顔は鎖帷子のフードで覆っている。顔つきは見えない、完璧な装いであるはずであった。
「アホか、お前……そんな背の高い褐色肌が南方蛮族以外にいるわけないだろ……」
「なんと」
言われてみれば顔の中央部はむき出しである。
敵の観察力に感心しつつ、もう少し会話を試みる。
『いいかい、セイフ。見た目で人を判断しない。後、いきなり斬りかからない』
脳内に故人の声が聞こえる。
彼は死して尚、自分を導いてくれるらしい。
「通行料とは? 関所も何もありはしなかったが…」
「俺達の旗を見ただろうが!街道沿いに立ててあった筈だ!」
「ぬぅ。見なかった。ここまでで見たのは枯れ木と……後は首を吊った死体ぐらいだ」
「ソレだよ!」
「なんと」
アレはどうやら彼らの領域を示すシンボルであったらしい。呪術師の家にドクロが掲げてあるようなものだろうか? あるいは村長の家に飾られた敵戦士の干し首とか。
知らぬ内に随分と礼を失してしまったようである。
「それはすまなんだ……しかし、生憎と払えるような金が無い」
「だったら、テメェを奴隷商に売るまでだ! 死にたくなったら大人しく捕まるんだな。岩塩掘り行きだろうが、上手く行けば5年は生きられるぜぇ」
「なんと……5年も生きられるのか。しかし困った。俺は北の帝国に行こうと思ってたので岩塩鉱山には行かない。他に何か無いのだろうか?」
「……お前、俺達を舐めてないか?」
「? いいや?」
貧しい南方蛮族ではかつての価値観が根強く残っている。文明国相手に命を賭けて物資を奪う山賊や盗賊は、戦士に次いで誇りある職である。舐めるはずもない。
だというのになぜだか、出会った一行は殺気立っている。どこで間違えたのか? 何もかもを間違えているとは元セイフは思わない。
「おい、テメェら。たたんじまえ。生まれてきたことを後悔させてやる」
頭目の指示に雑多な得物を構えて、男達が前に出る。それで何をするつもりなのかは流石に分かった。
「なんと。なんとなんと、貴様達、俺の敵になってくれるのか……!」
きひっ
喜悦が漏れる。
折れた大曲刀を構える。いや、もはや大曲刀とは言えない。しかしコレでも人は切れる。折れているが刃は残っている上に、折れ口の並は必要以上の苦痛を相手にもたらすだろう。
糧は世界にあまねく与えられる。思わぬ出会いに精霊に感謝を捧げた。
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