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傭兵開始
帝国最南端……かつてはマリントル国と呼ばれていた国へと剣聖はたどり着いた。
今は帝国属州マリントル……大陸中央から帝国領への入り口となっている。元々の文化様式がどのようなものか? それは先祖代々の住人にしか分からないであろう。そしてそれも彼らの頭蓋の中にしか存在しない。
なぜならば今は既に石造りの帝国様式に染められており、原型を留めていない。軍事侵攻こそが帝国の真骨頂と思われているが、実のところ文化改ざんこそが帝国の本領である。
とはいっても剣聖が訪れたのはマリントルのさらに南端。小さな町だがにわかに国境と化したことでかえって活気を帯びている。帝国への臣従は何も悪いことばかりだけではないのだ。
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サフィーレ帝国はリストというものが大好きである。少なくとも一般にはそう思われている。人間を、物を、管理するという点においては確かに有効的だった。それが影響して末端の兵や辺境の民草すら読み書きができると言われるほどだ。
「名前と出身を述べよ」
軍装からして下級の士官と思われる兵が億劫そうに声をあげる。仮にこの人物が熱烈な愛国者だとしても、ひっきりなしに訪れる放浪者にお決まりの質問を投げかけて書類に記入していく作業はさぞ苦痛だろう。
「名はクィネ。生まれはアウイの町で、母が南方蛮族の出だ……です?」
「そこまでは聞いていない。ふん、蛮族か。目的は?」
「傭兵の仕事を探しに」
セイフあらため、クィネの言葉に入管門衛は態度をさらに投げた。もう聞き飽きたと言った風情がある。クィネとしては願ったり叶ったりだ。命の代償に奪った名と経歴は突っ込まれれば突っ込まれるほどにボロが出るだろうから。
周囲を見渡せば町を取り囲む壁の外には色とりどりのキャンプが張られている。入国諸々の申請を行う順番待ちに、それらを客にすることを狙った商人たち。雑多で統一されてはいないが活気があることに疑いは無い。みれば掘っ立て小屋めいた酒場まである。
そのどれもがクィネのような男を対象にした店だった。
「蛮族の考えることは変わらんな……まぁ、俺も二代前までは蛮族だ。頑張れよ」
黒の軍装が映えている男が少しだけ自分を見せる。その様子にクィネは意表を突かれた。余程に南方蛮族が珍しいのか、とも考えたがそうではないだろう。人は複数の顔を持っていて当たり前なのか、と子供のような感覚を剣聖は覚えた。
「では町に入っても?」
「……いや、そんな訳無いだろう。貴様、月ででも暮らしていたのか?貴様の名を登録しただけで、傭兵としては実際の活動が認められるまでは入れん。次!」
後続に押し出される形で弾かれた。
裸一貫の立身出世というのも中々に前途多難らしい。そもそも難しいからこその裸一貫なのだろうが。
さて、どうしたものか? と茫洋とした目のままに悩むクィネに声をかけてくる者があった。
「おい、蛮族の兄ちゃんよ。こっちに来てちょいと話しをしねえか?」
顔に傷のあるいかにも歴戦と言った風体の男がいた。武装しているが帝国軍装の黒ではないところを見れば、同業の先達なのだろう。
眼力が示すところによれば、腕はそれなり。訓練を受けた正規兵より少し上等といったところだ。
「ふん? ……なにか?」
「さっきの話を聞いてる限りじゃ随分とお上りさんみてぇだが……腕は立ちそうだな。少しばかり見栄っ張りなのは頂けねぇが」
「ああ……コレか」
クィネは背に大剣を背負っている。先に出会した賊の親玉が持っていたものを拝借したのだ。曲刀のように撫で斬るものではないが、長さが元の大曲刀を思い起こさせるために貰ってきていた。折れた曲刀の方は腰に下げた形になる。
若い兵が見栄のために使えもしない長大な得物を選ぶのはありふれた話だ。クィネもそう思われたのだろうことが窺えた。
「元々使っていた曲刀が中々手に入らないのでな。先日代わりに手に入れたんだ……です?」
「なんでそこが疑問形なんだよ」
「いや、どうも敬意を払うべき相手なのかがよく分からんのでこうなっている。気にしてくれるな。それで?」
誘ってきた理由を話すようクィネは促した。流石に話の流れから勧誘の類であるとは分かっても、それだけであった。数いる中から選ばれた理由が分からない。
「まぁ要は“矢面”を済ませるまで俺達のところに来ねえかって話だよ。選んだ理由もそれだ」
「……この大剣がか?」
「それと鎖帷子だな。少なくともお前さんはちゃんとした武装を持ってる」
そんなバカな理由……と考えてクィネは改めて周囲を見渡した。男が語ったように傭兵志願と思しき連中の多くがマトモな武器を持っていない。
錆びた武器なら良い方。布鎧でも御の字。農具やただの棒に煉瓦をくくりつけただけのものさえいた。
「世も末というやつなのか? この連中は傭兵というより……」
「ただの食い詰め者だな。魔族との戦いが長すぎた弊害ってやつだ。一発逆転を狙って傭兵になろうとするだけコイツラはマシな方だがな。マトモな腕を持っている連中の大半は当に雇い主を探し出してるからこうなるわけだ」
クィネは周囲の人々をろくに見ていなかったことに気付いた。
顔まで観察してみればこの男の言があながち嘘でも無いことが分かる。絶望と希望がないまぜになった暗い顔に淀んだ欲望の目玉が付いている。そういった者が多い。
戦争が終われば要らなくなるのは戦士だけでは無かった。むしろ戦士だけが特別な理由など存在しない。また一つ、クィネからセイフの欠片がはぎ取れた。
「しかし……その論だと俺もアンタもマトモな腕を持っていないことになるが」
「腕じゃなくて数もいるんだよ。帝国の傭兵は数合わせで使い捨てだ。そこから抜けるには“矢面”を終えた後に有力者との繋がりがいる。そこで声をかけたわけだ」
「乗った」
「はえーよ!? もっと悩めよ!」
「難しい人だな……」
クィネは傭兵としての経験が非常に浅い。真似事のようなことならばしたこともあるが、それだけで飯を食っていた時間などほぼ無いのだ。
ならば先達から学ぶことは多い。誰かにつけることは良い機会といえる。裏切られたり騙されたのならば報復をするのみで、それはセイフとしてもクィネとしても矛盾しない。
クィネは未だにぶつくさと言う男の後に続いて行った。
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