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居並ぶテントの中で、多少マシな造りの一屋が一党の当面の住居であるようだった。
西方蛮族の使う物を参考にしているのか、小さいながらもしっかりとした作りで何らかの動物の毛皮で防水もされているようであった。
中はそれなりに暖かく、南方蛮族としては北方に近い町の気候は寒く辛いために、クィネとしてはそれだけで一党を選んだ甲斐があるというものだ。
先に入っていたのは女性1人に男性1人。クィネと連れてきた男を加えれば4人になる。
男女混合の4人。捨てたはずのセイフの心が過去を思い出して軋んだ。しかし、クィネには関わりがないことだと立て直した。
「ようやく1人見つけたの?」
女性が口を開いた。キレイに、と言うよりはある程度の長さから剣で切り落としたような黒髪だ。顔つきは美しいと言えなくもない。人種は混ざっているのか、ひと目で何人か分かるほどには特徴も無い。
革の胸当てを身に着けており、小さな石弓と小剣を近くに置いている。軽快さで立ち回る役割なのは見れば分かるが、戦場の数合わせには不向きだろう。
「まぁな。マトモに使えそうなのはこいつだけだった。あーっと」
「名前も聞かずに連れてきたのか。着いてくるやつも着いてくるやつだが」
陰鬱そうな男が皮肉げに顔を歪めている。捻くれた奇妙な短剣を、指先で摘んで回転させてみたりと弄んでいた。クィネに対する演技であり、怖がらせようとしている。相手が刃の上に裸足で立てると聞けばどういう反応をするのか知りたくなるところだ。
というかクィネ自身、連れてきた男の名を聞いていない。いちいち自己紹介をするような器用さ、もとい常識が無かった。
凶相と言って良い何をしても陰が付き纏うような顔つきだが、どことなく儚さがある。そうした雰囲気には覚えがある。またクィネの中で過去が音を立てたが無視した。
「……魔法使い、か?」
「ほぉ……分かるのか?」
傷顔が関心した顔になる。魔法使いを見て分かるのは魔法使いである。例外は魔法使いを相手にした経験が豊富な場合だ。クィネは例外に当たるが、傷男からは恐らく磨いていないが魔術の素養があると思われているだろう。自分の才能に気付かない者は常に多い。
「そこはもう少し格調高く魔術師とか言って欲しいものだ。魔術は誰にでも使えるものでなく、選ばれた者だけが行使する」
「こういう自分から嫌われようとするような口調に覚えがある」
「……」
押し黙った男を見て傷のある顔がニヤついた。
本当に優れた魔術師ならば、傭兵などしているはずもないのだから、分かりきった虚勢は見ていて愉快なものだろう。
クィネはセイフの頃から経験という学はあったが、勉学には無知であるため、それなりに敬意を持った。何にせよ、自分に無いモノを持つ人間には敬意を払うのが南方蛮族流だ。やたらに例外が多いにせよ、それはそれだった。
「女の方がライザ、魔法男がホエス。それで俺がタンザノだ。よろしくやっていけるかどうかは生き残ってからだが、まぁよろしくな」
「ああ……俺はセ……クィネ。見ての通り南方混じりで、剣には多少覚えがある。よろしく頼む」
かつての華々しい英雄譚とは違う世界に足を踏み入れたが、果たして戦場で死ねるだろうか? と頭を捻りながらクィネは名乗った。
どうせなら参じる戦場は対王国の戦線が望ましいのだが。またもや過去が自己主張を始めていた。
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