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遭遇戦
細かい状況は分からない。理由も不明だ。
とりあえず世間は人間が余っているようで、最安値の“矢面”前の傭兵たちは進発する部隊の言うなりに行軍に加わった。行軍中の塩気の薄いスープと堅パンがとりあえずの命の値段である。
しばらくすれば敵と出会した。こちらも相手も大した人数ではない……としか集団の片側に立っているクィネには分からない。仮にセイフであっても、分かることは無いだろう。彼もまた強さのみ求められた異色の戦士だった。
敵との遭遇は雨との遭遇でもあった。
しかし降ってくるのは水ではなく鉄と木で出来た物体だ。鉄は尖った先端に、木はその根本となっている。正体は人が矢と呼ぶものである。
作った者が殺意を込めたのか惰性で作成したのかは不明だが効果は変わらない。侵略者の先陣である傭兵目掛けて降り注いで、その数を減らす。
その光景を見ながらクィネは感心したように頷いた。これが人対人の戦争の手順というものらしいと。敵の数を減らすことはもちろんだが、少しばかり怪我をした兵達は後ろからの本格的な侵攻の邪魔になるということだ。
だからこそ、信用の無い傭兵が使い捨てられる。訓練にも手間と金が要る。それらを少しでもかけた兵を序盤で失うなど馬鹿げている。
「なるほど……だから“矢面”か。納得した」
「言ってる場合か! 盾を傘にしろ! そうしたら次は正面だ!」
戦場と言っても集団同士でぶつかり合うようなものは、セイフもクィネもあまり経験が無い。先人であるタンザノに従って樽のフタを掲げると、手に衝撃が走った。矢は辛うじて止まった。
何であれキチンとした盾を用意しているのが歴戦の傭兵であり、クィネがやっているように即席の盾を持っているのは賢い人間だ。横の貧民あがり達の多くはただの物体になっていき、僅かな賢い人間だけが生き残っていく。
だからといってクィネが賢いかと言われれば、そうでもないだろう。盾は少し皮肉げな様子のライザに言われて用意したものであるし、クィネからすれば矢が降ってくる程度で防御に回る必要もないのだから。
「我らは肉の盾というわけだ。下手をすればその樽のフタよりも安上がりだしな」
自慢するように皮で覆われた盾をかかげながら、クィネの右からホエスが笑う。
それが帝国の価値観だった。“矢面”を済ませていない傭兵には前金すら渡されていないために非常に安価なことは疑いが無い。それでも人間は余っているのだから、自国民ですら無い人間がどうなろうと知ったことではないし補充もできる。補充できないならそれはそれで構わないという帳面である。
「ホエスは〈氷壁〉を使わないのか?」
「魔法をこんな序盤で使っていられるものか、馬鹿め。魔法使いが呟けば何でもできると思っていやがるから素人は困る」
かつていた俺の仲間は盾程度の〈氷壁〉なら気軽に使っていたが……
そう口にしようとしてクィネは止めた。大魔女はセイフの仲間ではあったが、クィネの知り合いではない。アレを基準に考えるないようにすることだけ、汲み取ることにする。
手の衝撃が止むと同時に盾を前に向けると、今度は正面から矢が飛来する。曲射で盾を上向きにさせてから胴を狙うのが戦争というものの今のところの作法だ。
この世界の戦争技術は魔族に対抗して生み出されたモノであったために、同じ人間を相手にした戦術だのはどこも手探りと言っていい。魔族と違って人間はあっさりと死ぬものだということは既に分かっている。ゆえに敵よりも先に“当てる”ことは目指していた。
矢の雨もそうした試行錯誤の一貫なのだろう。距離は分かりやすく重要だ。最初の矢か魔法で撃ち合い防ぎ合い、次に槍などの長柄が顔を見せる。剣はさらにその後で、それも出番があればである。
考えれば剣聖などというのは正に時代の徒花になりつつあるのだろう。
もっとも……その徒花達は踏まれて根を上げてしまうような可愛げは持っていない。人魔戦争は終わったばかりであり、飛び抜けた個の力が未だに世界に残っている。踏まれた花は逆に人の足を串刺しにぐらいしてしまう。
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