魔王討滅

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 夜の帳が降りた漆黒の王城。  ここに魔を統べし王あり。  人と魔の争いの源泉。そこで人魔戦争の終焉が訪れようとしていた。  こんな存在がいて良いのだろうか? そう疑いたくなるような光景だった。 「――見事だ! 人の身でよくぞここまで鍛え上げた!」  白髯を蓄えた長身が眼前の敵手達に純粋な賞賛を贈った。  だがそれは上から下への評価である。なにせ―― 「本気で魔王って感じだな……!」 「今更、過ぎる、ぞ!」  “勇者”“剣聖”“聖女”“大魔女”  人にありながら人の域を踏み越えた一行を相手に一人で魔王は戦っているのだ。  片手に剣、片手に槍、そして発動体である杖も触媒も無しに口から紡ぐ言葉で魔法を形成して放つ。  性能からして人間とは圧倒的な格差を持つが故の八面六臂。  ――化物め。  至近でその威力を感じ取る勇者と剣聖にとっては呼吸すら危うくなりそうな圧迫感が続いている。  共に高め合い、とうとう人外の域にまで達したと自負する武技の数々。それが片手で防がれている光景は、軽口を叩いていなければ自信という背骨が粉砕されてしまいそうだった。 「長生きすれば、僕らもあそこまで行けるかな?」 「千年あれば行けるだろう」  膂力を初めとした身体能力が違う。寿命が違う。  特に後者が致命的な差である。単純に費やせる時間が桁違いであるために技量でさえ上を行かれている。  片手間の修練が血反吐を吐く修羅の鍛錬を上回るという理不尽。  神速の攻防……剣聖の大曲刀の一撃が逸らされた。  勇者が放った鋭い聖剣による一突きが槍で巻き取られるように弾かれた。  ほんの僅かに生じた隙にねじ込まれた反撃が両雄の体を浅く傷付けて血を吹き出す。共に金属製の甲冑を身に付け、勇者のそれは魔法を帯びてさえいるというのに容易く貫通していた。  武器に毒でもあったのならばこれで終わっていただろうが、そこは魔王とはいえ王者の礼儀か。そのような姑息な手段を用いることは無いようだ。  衝撃波を伴う絶技の数々に、魔の城内は徐々に瓦礫の山と化していた。  魔王を化物と評した勇者と剣聖だったが、もしこの一戦を見守る観客がいたならば彼らもまた化物と呼ばれたことだろう。魔王に片手であしらわれているような形になっているが、逆に言えば二剣士は魔王の片手について行けているのだ。  十を超える剣戟が瞬きの間に過ぎては一旦途切れる。その度に傷を負うのは人間の側だった。 「二人共、一旦下がりなさいな。危なっかしくて見ちゃいられなーい」  それでも戦闘を続行できているのは、奇跡を行使できる女が二人もいるからだった。  地面からせり上がる氷の壁。大魔女が使ったのは単純な〈氷壁〉と呼ばれる呪文だが、通常であれば人が持てる……それこそ盾程度の大きさが精々。しかし彼女が使えばまさに壁である。  それが破壊されるまでのわずかの間に、聖女が傷を癒やしてくれる。 「癒やしの力もあと3回程度。お二方が戦っている間に試みた〈浄化〉も〈聖撃〉も効果はありませんでした……」 「そりゃそうでしょう? あの爺様が息と一緒に垂れ流してる魔力だけで並の魔法なら防げるわよ、アレ。自信無くしそうだわー」  息を荒らげる勇者と剣聖は答えない。だが、前で切り結ぶ彼らと同じぐらいの汗を術士達もかいていた。  魔法は無限に行使できるわけではない。負傷を即座に癒やす術など並の神官ならば一日に一度使えれば優秀とされる。……聖女は日に十回を可能としているが、それもすでに七度目。  大魔女の師匠筋にあたる大魔導師が残した教えに「魔法というものは、真っ当な方法で腰と腕を使うのと同じくらい疲れるものよ」という言葉があるほどだ。性格故に表には出さずとも、聖女と大魔女も相当に疲労していると見て疑いはなかった。 「……持久戦では勝ち目が無い。魔王が勝手に下手を打って隙きを晒す、なんていう期待は捨てよう」  現状の確認。  勇者はそれを危機を乗り切る前にいつも行ってきた。剣聖も大魔女も聖女もその言葉に絶対の信頼を置いていた。  決断前の男の顔を大魔女は頬を染めて見守る。剣聖は眩しそうに、聖女は微笑んで… 「セイフ! 前に見せてくれた技で活路を切り開いてくれ!」  勇者が剣聖を呼んだ。もう付き合いも長い、その言葉が意味するところは正確に伝わったが剣聖……セイフは眉をひそめた。  剣を修め、この大陸の剣技院から剣聖の位階を授与されても未だに未完成な技。以前、戯れに見せたこともあったが、そんな未完成かつ不安定な技に頼るなどというのは正に博打だった。 「……正気か? 魔王を相手にとなると百回に一回成功するかどうかだぞ?」 「このままだと確実に負けることを考えれば、良い方じゃない? ギャンブルは嫌いじゃないわー。それはそうと早くしてくれない?壊される度に魔力で補強してるから、そろそろ限界なんだけどー」  氷の壁に罅が入る。そこから漆黒の剣が突き出て、穴を広げていく。  確かに考えている猶予は無さそうであった。
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