魔王討滅

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「……ほう?」  氷から抜け出た魔王は敵の“布陣”に興味を引かれた。  4人の敵が一直線に並んでいる。長大な曲刀をすでに構えた茶褐色の剣士が一番前に、輝かしく鬱陶しい光輝の騎士はその後ろ。少し離れたところに術士が二人。  氷の壁を形成した術士は神官に肩を借りて何とか立っているに過ぎない。力を使い果たしたと見える。〈氷壁〉は魔王をして驚くほど強固だったがソレを人の身で持続させ続けたのだ。無理もない。  明らかなる劣勢に異な布陣。ならば誰から見ても何か起死回生の一手があるのは疑いない。眼前の人間達は地に蹲る弱者とは眼が違う。諦めていなかった。  ならば今や彼らを強者と認めることに抵抗はない。そして認めるからこそ手を抜くことはあり得ない。種族の違いを超えた地点において、今や彼らは好敵手という絆で結ばれているのだ。 「面白い……乗ってやろうぞ……」  人は有史以来常に魔に挑戦する側であった。そして今回もそうだ。  圧倒的強者を自負する魔族。その長としては如何に非効率的であろうとも……挑戦は受けねばならない!  魔王を中心に常人ならばソレだけで正気を失いかねない魔力が集中していく。  そして色の付いた風のごとき流れが渦を巻き始める。 「焚き付けといてなんだけどー、何アレ。デタラメ過ぎないー?」  魔法の深奥に達した大魔女はソレを正確に感知した。  魔王はありとあらゆる属性の力を微細に操り、そして事もあろうに打ち消しあわずに撚り合わせているのだ。  それは氷と炎を同居させて尚且つどちらも維持させるような……ようなではない。実際にそうしているのだ。火を示す赤と水や氷を示す青。大地を示す緑と雷を示す黄。さらに、さらに――。横隣に相反する流れを置きながら共存させて流していく。  言葉にすれば正確なコントロール。それだけである。ただデタラメにソレが優れているのだ。 「行けるか!? セイフ!」 「……黙ってくれ、集中して……かの境地へと至る」  あらゆる色の共演は魔王という肩書に相応しくない美しさと共に、魔王らしい荘厳さを放つ。  精緻な彫刻を掘り上げるがごとき繊細さで、恐るべき単純な暴威を形作る。それ自体が相反しているかのような行為。  最後に今まで魔王がその手綱を放す。今までに反発を許されなかった魔力の流れが高密度に凝縮されてから弾ける。  これはただソレだけの術である。人には絶対不可能とさえいえる難易度であるだけで――虹の奔流は確かにその場に存在を現し、その巧緻に編まれた無秩序という矛盾によって、最高の威力を叩き出す。 「渦巻け森羅。ここに――全てを織りなし裁きと化せ――〈渾然渦(こんぜんか)〉」  氾濫(・・)する森羅万象の属性魔力。火のように燃えながら同時に冷気を発し。足下に干渉しながら音を超える速さで連鎖する。  魔王。その名に相応しく魔を統べて万象を蹂躙する魔法の秘奥に他ならない。  当然、一番にその破壊の渦に巻き込まれるのは陣形の先端にいる剣聖。崩壊していく城内と共に剣聖もまた瓦礫の、塵の仲間入りを果たすのは時間の問題。それも瞬きにすら満たない刹那に。  だというのに、剣聖は口角を釣り上げて凄惨な笑みを浮かべている。  不敵極まりない。自身の死を前にして狂気に侵されたとしか思えない顔だった。
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