魔王討滅

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鈍化していく視界を知覚して、剣聖は己が極限状態ゆえの集中へと達したことを認識した。  ――いいぞ、入った(・・・)。  見据えるは敵手に非ず。敵の業にこそあり。  成功確率は百回に一回。そう仲間に語った言葉は強がりでもあったが、事実となった。  本来は魔王程の相手ともなればこれから繰り出す技は万分の1といったところだろうが……敵の奥の手が思いの外、相性が良い魔法だった。引き伸ばされた時間の中では自分の動きすら緩慢に映る。  ――間に合うか? 間に合え。いや、間に合わせてみせる!  撚り合わされた魔力のつなぎ目、そこに大曲刀を滑り込ませる。魔法使いとしての素養が無い剣聖にとってはあくまで暴風雨の境目であるのだが……それを感知できる時点で異常である。暗闇の密室において空気を頼りに差し込み口を見分けるに等しい。  そして奇跡は起こる。  百回に一回の確率をものにして、ただの鋼が魔法を切り裂いた(・・・・・)。  わずか一振りで精も根も尽き果てた剣聖は膝をつきながら、後ろの本命に短い言葉を贈った。 「行け」 / 「――なんだと?」  切り裂かれて形を失った自分の魔法を前に魔王は瞠目した。指向性を持たせた暴威が霧散して、ただのそよ風となっていくのを呆然と眺めている。  有形無形を問わず、物や神秘には流れや波がある。  その隙間に剣を差し込む……理屈としては剣聖が行ったのは単純な技である。奥義や必殺の技というものは常に基本を突き詰めた先にあるものだ。  だからこそ魔王は己の術を破った敵の剣士が信じられないのだ。理屈で言えば人を断つことと何ら変わりがなくとも、その難易度は段違いどころではない。  武においても勇者と剣聖の上を行く魔王ならば可能か? などという仮定も無意味である。  そもそも百芸に通じる魔王はそんな無理を通す必要がない。ゆえに技量が可能な領域へと達していようとも、想像すらしたことがない。  魔法を剣で斬る? 馬鹿な、同じ魔法で対抗するのが常道。あるいは防具などの守りで抗するか、回避でも試みたほうが遥かに現実的。挑戦する意味がない。    だからこそ、先の一剣が魔王の裏をかいたのは間違いない。  膝をつく剣士の後ろから飛び出した勇者……躍りかかる隙を与えてしまったのだ。    魔王が狼狽えるなど、それこそ神代の時代から無かったことだろう。その隙を見逃すような勇者ではない。その性根を表すかのように真っ直ぐと、恐るべき速さで突撃していた。  無論、魔王がそれをただ見ている訳はない。  両手の得物をハサミのようにして、懐に飛び込んできた勇者の首を跳ねようとするが、そんな行動を取った時点で魔王が如何に狼狽していたか知ることができるというものだ。魔王の敵は4人なのだ。  右手の槍の柄の前に〈氷壁〉がせり上がってくる。先程に比べれば一般的な大きさ程度しか無いが出掛かりを潰すには十分だった。 「行きなさいなー」  左手の剣の前に杖が突き立ち盾となる。聖女が投げはなった物だ。 「行って下さい……!」  無防備になった胴体。余りにも時間が足らず、魔王は口から単純な〈火球〉を紡いで迎撃するが、勇者は防具の護りに任せたまま怯まない。  そして……魔王に残された矜持が後退を許さなかった。  迎え入れるような姿勢の魔王の胸を勇者の聖剣が貫き、内部から聖光で蹂躙する。魔の長にとってそれは猛毒にも等しかった。   「見事だ……! 武功を歌い上げるが良い、人間達よ。とうとう貴様らは私の手から勝利を奪い去ったのだ……! 次の勝者にその座を譲るまで、貴様達に栄光が輝かんことを……」  魔王が誰に祈るのか。誰に願うのか。  常に勝者であり続けた王は敵の輝きを寿ぎながら、崩れ去り塵と化した。  ――ここに長きに渡った人魔戦争が終わったのだった。
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