墜落

1/3
前へ
/35ページ
次へ

墜落

 そして、あっさりと人魔戦争を人間の勝利に導いた英雄は殺害された。  会食の最中に用意された盃に口をつけた途端に倒れ、それっきりだった。 /  ディアモンテ王国の王城へと至る大通り。  そこかしこにうめき声を上げる兵士達が転がっており、戦場のごとき有様だった。  違うのは倒れ伏した兵らがまだ生きているということだろう。王都の警備隊は殺されることなく無力化されつつあった。  それを行ったのは一人の男だった。  褐色の肌に高い背丈。詳しい者が見たならば鍛えあげられつつも、針金ののように細く、ひょろ長い手足から彼が南方の蛮族だと分かるはずだ。  一国の首都である。王城への道のりは一直線ながらもひたすらに長い。だが彼の足ならばそう遠からずたどり着いてしまうだろう。兵士達がいくら阻もうともだ。  再び現れた小部隊があっさりと剣の平で叩き伏せられた。射掛けた矢よりも速く懐に飛び込まれるなど想像していなかったに違いない。  王都の警備隊は能力的には優れているのだが、最初から将来を嘱望された者たちで構成されている。それゆえに人魔戦争において最前線に出たことがなかった。結果として残ったのは見識の不足だ。この世界には生半な数では圧倒してくる個人がいる。それを知らなかった。  ――鬱陶しい。  道を切り開いていく男だったが、その内心は焦れに焦れている。  ――異民族だから、異教徒だからと王都を離れていればこれか……  この兵たちは時間稼ぎだ。男に敵わないと知りつつぶつけてきている誰かがいる。  拒馬槍を両断する。槍衾を飛び越える。  横の路地から奇襲をかけてきた兵を大曲刀の柄で思いっきり突いた。鎧が凹んで食い込んだ兵は苦悶の声を上げ続けた。それに怯んだ残りを尻目に前へ前へと突き進んだ。  そして―― 「そこで止まれ、剣聖殿」 「そこを退け、将軍殿」  剣聖にとっても知った顔がこれまでの雑兵ではなく、意思持つ敵対者として立ちふさがった。  飾り気の無い鎧と剣は質実剛健を旨とした人物であることを知らせる。装具のみ見れば二人は奇妙に似通っていたが、今や立場を異にしている。  あくまで国に忠義を尽くさんとする男と、敵対してでも報いを受けさせようとする男として。 「ここで引いてくれるのであれば……私の命に変えてもこれまでの敵対行為は不問にしてみせる。だがこれ以上先へと進むのであれば……」  排除しなければならなくなる。  朴訥そうな顔が苦虫を噛んだように歪む。この未だに若い将軍にとっても今回の事態は不服なのであろうことは疑いなく、剣聖もまた将軍と戦いたくは無かった。  人魔戦争は大きく分けて二つに分かれていた。一つはこの将軍のような者が兵を率いて魔の勢力に抗う。そして剣聖達のような者が敵地の奥深くに入り込み、有力な魔族を排除する。  二人は戦場は違っても同士だ。魔を討つべく命をかけて“共闘”した仲といえる。 「退けるものかよ。同じ水を飲んだ盟友が卑怯な手段で殺されたのだ。誰であろうとも〈血の報復〉を行うまでだ」 「〈血の報復〉……南方蛮族(サウスマン)の復讐法か。王国の法による裁きを待て。そうした行いがお前たちを蛮族と呼ばせてしまうのだ。大体にして誰が彼を殺害したのか、お前にははっきりと分かるまい」 「はっきりと(・・・・)分かる必要があるのか? 関わったのも皆全て殺すまでのことだ」  罪の大小に関わらず関与したものを全て殺す……剣聖が語る法はおぞましい連座刑に他ならない。生まれと育ちから来る違いを前にして将軍は剣を抜いた。  対する剣聖もまた大曲刀を担いだ。説得など不可能だと互いに諦めてしまった。  瞬きほどの間に二つの鋼が闇夜を火花で照らした。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加