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金をくしけずったかのような髪が夜風に流れる。月に照らされたソレは地上に現出した太陽のようだ。
人々を魅了して止まない肢体を金属で覆っている。ドレスを鎧にしたならばこのようになるだろうと思わせる。
美しい顔と剣に合わせたような青い瞳もまた、剣聖を哀れんでいた。
後ろに3人の伴を引き連れている。どれもがやはり知った顔。
「貴様達まで俺を邪魔するか!」
「鉄で全てが決する時代は終わるのです、剣聖様。どうか……退いて下さい。聖女様と魔女様の安全は既に確保しています。あの方を弑した者も必ずや突き止め、法の下に裁かれます」
涼やかな声が理を説く。
……魔の支配していた地域に送り込まれた少数精鋭は剣聖達だけではなかった。彼女たちもその一つで、魔王を討伐した一行に勝るとも劣らない活躍をあげていた。
正真正銘の王族でありながら、聖剣を振るい各地で名を謳われる姫勇者が敵に加わった。
「……そうか。そうだったのか」
「……剣聖様?」
「貴様達も関わったんだろう! そうだ、そうでなければ邪魔などするはずもない……!」
「何を……」
「錯乱したか、哀れな」
世界の全てに否定されたような感覚に襲われた剣聖の心が限界を迎えて、あり得ない答えを導き出した。自己の正当化にも似た理屈が殺人を肯定し始めた。
剣聖が大曲刀を担いだ。その威圧感は先程までの比ではない。極限まで凝縮されたあらゆる感情が、剣に伝わる。蘊奥に達した者の恐ろしさはここにある。本来不利に働くはずの負の感情さえも単なる燃料として機能させることができるのだ。
「……全員、構えなさい。魔将、いえ、魔王を相手にするつもりでかかりなさい。さもなければ……」
どうなるかは眼に見えている。両断されて終わるだろう。そして自分達の誰かを討った時、剣聖の完全な堕落が完成するだろう。魔王を討った者の一人をそんな目に合わせるわけにはいかない。
姫勇者はあくまで“相手の為を思って”自身も剣を構えた。
「――〈大火球〉!」
姫勇者の仲間の一人が魔法を完成させたことを皮切りに再度の死闘が幕を開けた。
放たれる紅蓮の弾は人間ほどの大きさがある。単純ながら強力な術だ。消耗も激しいため乱用ができないそれをいの一番に用いる。即ち先手必勝。
南方蛮族は熱に耐性があるだろうが、石すら溶かす一撃を受けて無事で済むはずもない。
「ふっ――!」
避けることを許さないと、左右から動きを封じるべく将軍と姫勇者が躍りかかる。しかしそのどちらもが思っても見ない行動に剣聖が出た。……大火球に向かって突撃したのだ。
闇を煌々と照らして飛んでいた赤い弾丸が両断された。魔法を切り裂く絶技に魔術師が叫び声を上げた。
「馬鹿な! あり得ない!」
もはや剣聖は言葉すら忘れたように剣を振りかざす。あわや魔術師が討たれる寸前で、正確な矢が射手から放たれる。それは続けざまに十を超える矢となり、驚くほどの速射であった。九までは剣で叩き落とした剣聖だったが、最後の矢を足に受けて動きが鈍る。
彼ら姫勇者の伴3人もまた“勇者”に相応しい実力を兼ね備えているのだ。
「止まって下さい!」
動きが鈍ったところに追いついてきた姫勇者の剣が振るわれる。
魔王を討った聖剣の姉妹剣。
それが自分に向かってくる光景に剣聖の精神は更に悲鳴を上げた。そしてその悲鳴すら燃料として剣技は更に上昇する。
剣聖達を率いた勇者の聖剣は外に向かって聖光を放つ効果を持っていたが、その姉妹剣は聖光を内に秘める。つまるところ、神秘を発揮する度に単純に武器としての性能が上がっていく。切れ味、耐久性共に人界に並ぶ者無し。
それに対して剣聖の大曲刀は単なる鋼である。
しかし聖剣を相手取り、全く問題なく打ち合わされて一歩も譲らない。それを可能にしたのは剣聖の今も上昇中の技量だ。本来ならば一合目で大曲刀が砕けていてもおかしくはない。
「神よ……! なぜこんな純粋な方に剣才をお与えになったのですか……これではあまりにも……」
「シイィィィっ――!」
鋭い呼気に合わせて振るわれる大曲刀。
打ち合う度に加速して止まらない。
途中から将軍が加わったことでようやく防戦が成立するほどに高まった剣聖の技量。
剣風による少竜巻の前に兵も、魔術師も弓手も援護する隙が無い。
その最中に突如として、乾いた音が響き渡った。
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「……あ?」
大曲刀が半ばからへし折れた。
それは横から飛来した杖の一撃を受けたからで…
「ああ……あ、あぁああ!」
杖を投げ放ったのは…共に旅をした仲間の一人で……
「うわぁぁあああっ――!」
今度こそ全てを否定された剣聖は狂乱して駆け去っていった。
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